漫画の記事で、いつか やなせたかしさんを書こうと思っていましたが
10月13日に94歳でお亡くなりになりました。
ご冥福をお祈り致します。

アンパンマンでずっと長い間漫画家として活躍されていたとお思いでしょうが
アンパンマンの人気が出てきた頃はすでに70歳になっていらっしゃったそうです。
漫画家になる前に、様々な職業を経験されています。
新聞記者、三越のグラフィックデザイナー、舞台美術家、作詞家・・・
三越のデザイナーのときに副業で漫画を描いていたそうです。
あの「手のひらを太陽に」はやなせさんの作詞なんですよ。

アンパンマンと言えば、このイメージですよね。
しかし、やなせたかしさんが最初に描かれたものがこちらです。

最初のアンパンマンのあとがきにはやなせさんのコメントとして
こう、書かれています。
あんぱんまんは、やけこげだらけのボロボロの、こげちゃいろのマントを着て、
ひっそりと、はずかしそうに登場します。自分を食べさせることによって、
飢える人を救います。それでも顔は、気楽そうに笑っているのです。
さて、こんな、あんぱんまんを子どもたちは、好きになってくれるでしょうか。
それとも、やはり、テレビの人気者のほうがいいですか。
もともとは八頭身。やけこげたマントなんです。
いつの間にか三頭身のデフォルメに、ピカピカのマント。
コメントの「テレビの人気者のほうがいいですか」が
とんでもない人気者になってしまったのです。
もともとアンパンマンは飢える人を救う為に作られたものでした。
これには、やなせさんの戦争体験が関係します。
昭和16年に徴兵され日中戦争に出征します。
幹部候補生に合格した為、一度も敵に向かって銃を撃つことはなかったようですが
食糧不足による空腹を体験し、又復員後に弟の戦死を知りました。
後にこんなことを仰ってます。
食べられないというのは、ものすごくきついですよ。
飢えれば人肉だって食べようという気持ちになるんだから
逆転しない正義とは献身と愛だ。それも決して大げさなことではなく、
眼の前で餓死しそうな人がいるとすれば、その人に一片のパンを与えること
可愛らしい子供たちの人気者は
実は戦争体験から生まれたものなんですね。
この「アンパンマンのマーチ」も
特攻隊に志願して戦死された弟さんの為に
やなせさんが作詞したものです。
そうだ!嬉しいんだ生きる喜び
たとえ胸の傷が痛んでも
何の為に生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのは嫌だ!
今を生きることで 熱いこころ燃える
だから君は行くんだ微笑んで。
そうだ!嬉しいんだ生きる喜び
たとえ胸の傷が痛んでも。
若い弟さんが亡くなった悔しさがひしひしと伝わってきます。
最後にこちらをご紹介させて頂きます。

ぽちっとして頂けたら嬉しいです。
にほんブログ村
日記・雑談(50歳代) ブログランキングへ
