2004年公開の日本映画です。

 ひょんなことからビッグ・バンド・ジャズをやることになった、補習クラスの落ちこぼれ女子高校生たちの奮闘を、コメディ・タッチで描いています。

 当時は無名でオーディションで選ばれた、上野樹里、貫地谷しほり、本仮屋ユイカ、平岡祐太らが、一躍売れっ子になりました。

 「ウォーターボーイズ」で大ヒットした矢口史靖監督の作品で、同じように若い無名な俳優たちを鍛え(演技だけでなくこの映画ではジャズ演奏を、前作ではシンクロナイズド・スイミングを)ながら、一級の娯楽映画を作り上げていく手腕はさすがのものがあります。

 この映画のために猛練習した(ほとんどのメンバーが素人だった)彼女たちの演奏も、聴くだけの価値があります。

 また、この映画ではブレイクしなかったけれど、その後有名になった、高橋一生、江口のりこ、佐藤二朗たちの無名時代の姿を見つける楽しみもあります。

 

 

 

 

 カラフルな絵(村尾 亘)がたくさんついている絵本です。

 いばりんぼうの手袋(右手)が、洗濯物干しから風に飛ばされて、いろいろな体験をするお話です。

 時を告げたいメンドリのトサカ(オスのように)になったり、雪で凍ってしまったりして、最後には本当に大切なものを知ることになります。

 大人の鑑賞にもたえる深い内容を秘めていますが、美しい文章と巧みな言葉遊びで、幼い読者でも楽しめる作りになっています。

 

 

 

 

 初期作品の中では、非常に美的な世界を美しい文章で描いた作品です。

 しかし、耽美な世界と強い倫理観が共存しているところに、賢治の作品世界の特徴があります。

 後の作品ほどの賢治独特の世界はありませんが、主役の双子の星が、彗星にだまされて海中に沈み、それが竜巻で再び天上に戻るなど、賢治ならではのダイナミックな展開もあります。

 また、星座や海の動物に対する博識ぶりも発揮されていて、賢治の多面性も物語っています。

 

 

 

 

 

 2002年に、下北沢の本多劇場で行われた大人計画の公演です。

 作、演出は、いつもの松尾スズキではなく宮藤官九郎で、彼独特のギャグ満載のお芝居になっています。

 温泉地のストリップ劇場の楽屋を舞台に、伝説の漫才トリオ「春子ブックセンター」が再結成される様子を描いたドタバタコメディです。

 松尾スズキ、宮藤官九郎も出演していますが、テレビなどで売れる前の阿部サダヲも大活躍しています。

 

 

 

 

 1983年公開の日本映画です。

 赤川次郎原作の軽いタッチの推理物で、ストーリー自体は偶然の多用や御都合主義の他愛ないものです。

 この映画の魅力は、なんといっても主演の二人によるものでしょう。

 薬師丸ひろ子はとにかくかわいい女子大生(本人も実際に女子大生でした)にはぴったりですし、松田優作の探偵はなんといってもかっこよく決まっています。

 そんな二人を見るだけでも、一見の価値はあります。

 

 

 

 




 人気SF映画三部作の完結編で、前の二作がTo be Continuedで終わるのに対して、この作品はThe Endとなっていることからして、スピルバーグは初めからこれを完結編とすことを決めていたようです。
 そういった意味では、作品全体の辻褄合わせ的なものはあるものの、三部作の中では第一作に次いで完成度が高いです。
 シリーズ全体での時間移動は、1985年(第一作の公開年)→1955年→1985年→2015年→1985年→1885年→1985年と行われたことになります。
 タイトルを考えると、第一作と第三作が重要で、第二作はつなぎのような感じです。
 作品的にも、撮影当時の未来を描いた第二作はどこかぎこちがなく、すでに過去である1955年や1885年を描いた第一作と第三作のほうが、細部にしゃれた伏線を貼るのが得意なスピルバーグの良さが出ています。
 やはり、純粋SFはルーカスの方が得意なようです。
 それにしても、1985年はもちろん、当時は未来だった2015年も過去になったことには、「ブレードランナー2049」の記事にも書きましたが、感慨深いものがあります。
 

 

 

 1985年公開のアメリカ映画です。

 当時、スピルバーグ監督が連発していた傑作映画のひとつです。

 他の記事にも書きましたが、このころは、スピルバーグか、コッポラか、ルーカスの映画を見ていれば、まず間違いはありませんでした。

 タイムマシーン物ですが、それに関するリアリティはあまりありません。

 でも、そんなことはどうでもいいのです。

 圧倒的なテンポのよさと、たくさんちりばめられた伏線の回収が、小気味よくて、何度見てもスカッとします。

 マイケル・J・フォックスの軽快な演技も懐かしく見られますし、日本にとっては青春時代と言っていい80年代の楽しさを象徴する作品のひとつでしょう(アメリカ映画ですが)。

 

 

 

 

 2019年のドイツ映画です。

 ドイツの絵本作家のジュデュス・カーの自伝的小説を映画化したものです。

 ナチスドイツ下におけるユダヤ人家族の物語というと、戦争中の弾圧や収容所の問題がよく映画化されますが、この映画はそれよりも前のナチスが政権を奪取した1933年から1934年にかけての物語です(児童文学的に言うと、ケストナーの「飛ぶ教室」(関連する記事を参照してください)が書かれた頃です)。

 生まれ育ったドイツ(ベルリン)からスイス、フランス(パリ)、イギリス(ロンドン)と、迫害や貧困を逃れるために流転するユダヤ人家族の生活を、10才ぐらいの主人公の女の子の目を通して描かれています。

 ナチスに批判的だった演劇評論家の父は、逮捕されるのを避けて(実際にその後指名手配されて懸賞金がかけられます)スイスに亡命し、ひそかに家族(母、中学生ぐらいの兄、主人公)を呼び寄せます。

 しかし、そこでは収入を得る道がなくて、家族はパリへ移住します。

 そこでの主人公たちの困難な生活(スイスではドイツ語が通じましたが、パリでは子供たちは全く知らないフランス語を使わなければなりません)が、この作品ではメインに描かれています(主人公はフランス語のハンディキャップに負けずに、作文で賞金を得るまでになりますし、兄は成績で一番になります)。

 しかし、ここでも父が十分な収入を得られなかったために、父が書いた戯曲が売れたロンドンへ引っ越すところでこの物語は終わります(今度は、英語を覚えなければなりません)。

 いろいろな困難の中で、時にはぶつかり合いながらも、たくましく生きていく主人公や家族の姿が、過度に感傷的にならずに淡々と描かれているのが好感が持てました。

 また、当時の風物を再現した映像が素晴らしく、作品にリアリティを与えています。

 変わったタイトルは、ベルリンの実家から逃れるときに荷物が制限されたために、主人公が一緒に連れて来られず、その後、当局に没収されてしまった愛するピンクのうさぎのぬいぐるみからきています。

 

 

 

 

 

 1996年公開のイギリス・アメリカ合同映画です。

 サッチャー政権下のイギリスを舞台に、合理化のために閉山される炭鉱の坑夫たちによるプラスバンドを描いています。

 閉山をめぐる労働闘争、貧困、失業、坑夫特有の肺病、冷酷な会社の対応、政府批判などの社会問題が、これでもかというぐらいに盛り込まれた社会派ドラマです。

 しかし、その一方で、ブラスバンドへの情熱も豊富な演奏シーンとともに、しっかりと描かれています。

 最後は、数々の困難を乗り越えてロンドンのアルバート・ホールにおける全国大会で優勝し、観衆にむかって堂々と自分たちの主張を述べるシーンが感動的です。

 それにしても、出演者たちが、まるで坑夫そのものように猥雑でたくましいのには感心させられました。

 

 

 

 2018年公開のドイツ映画です。

 大学教授夫妻の自宅で開かれた家族(妻の弟夫婦、妻が兄弟同然に育った男性)の食事会で、弟が生まれてくる子供にアドルフ(もちろん、ヒトラーのファースト・ネームでドイツでは禁句のようです)と名付けると宣言したことから、一見仲良いと思われた一族に大騒動が巻き起こります。

 発端はジョークだったのですが、そこから本気での罵りあいや暴力が始まり、それぞれが持っていた本音や偏見(ゲイ、マザコン、ジェンダー、家事の分担、学歴、インテリ、大学教授夫妻の子供たちの名前、吝嗇、過去のペット殺し、年の差恋愛、妊娠、喫煙、飲酒、親の偏愛、タブーなど)が暴露されていきます。

 かなりきわどいブラック・コメディなのですが、現代のドイツの一端が窺い知れて興味深いです。