2021年公開のフランス映画です。

 偶然の出会いから男女が恋に落ちて結婚しますが、夫が作家として成功するあたりからすれ違いが始まります。

 完全に行き詰った10年後のある朝、目を覚ました夫は違う世界に入り込んでいました。

 そこでは、夫は作家ではなく小学校の国語の教師になっていて、妻とも出会っていません。

 妻のほうはピアニストとして成功していて、恋人もいます。

 夫は何とか元の世界に戻るとともに、その世界でも妻を獲得しようとします。

 けっきょく、元の世界に戻るのはあきらめたようなのですが、なんとか妻は獲得できたようです。

 全編に、フランス映画らしいおしゃれな展開が続きます。

 うまくいきすぎな感もしますが、主演のフランソワ・シヴィルの素朴な魅力(「パリのどこかで、あなたと」(その記事を参照してください)でも同様でした)もあって、最後まで見続けられます。

 

 

 

 

 

 2019年公開のフランス映画です。

 主人公の男女が、お互いに知り合うのがラストシーンという、風変わりな恋愛映画です。

 ただし、二人は、隣り合わせに立つマンションの同じ階のはじの部屋なので、壁二つはさんで隣同士に住んでいます。

 そのため、二人はしょっちゅうすれ違います。

 通勤の時もそうですし、近くにあるエスニック食料品店で時々居合わせたりもします。

 そうした若い男女が、それぞれに孤独を抱いて暮らしている様子が克明に描かれます。

 男性は、勤め先の発送センターが自動化されて、従業員が解雇されたり、遠くへ配転されたりした中で、一人だけ上司の配慮で同じ場所にあるコールセンターに配属されますが、それに対して罪の意識を感じて、うつ病気味になり、不眠症やパニック障害を起こします。

 女性は、職場でスポンサーに対する発表会を任されたことにプレッシャーに感じて、やはりうつ病気味になり、過眠症や情緒不安定になります。

 男性は、女性たちとはうまく付き合えません。

 女性は、マッチングアプリで知り合った男性たちと次々に付き合いますが、まったく満たされません。

 二人は、それぞれ心理療法士などのカウンセリングを受けて、真の原因を突き止めようとします。

 結局、男性は10才のころに7才の妹を癌で亡くし、それが家族の中でタブーになっていることが原因のようで、両親とともに妹の墓参りをし、それとともに職場をやめたことで寛解します。

 女性は、小さい頃に両親が離婚したのですが、アメリカへ去った父親は許せるのに、その後彼女が成人してから再婚した母親が許せなかったことが原因のようで、自分から母親に連絡したことと、職場の発表がうまくいったことにより、寛解します。

 ラストで、エスニック食料品店の店主に紹介された、コンパという中米のハイチのダンスの教室で、二人は出会います。

 この作品のミソは、観客がそれぞれ心配していた男女がともに寛解してから出会うので、明るい未来が想像でき、見終わった時の後味がすごく良いことでしょう。

 ただ、カウンセリングで二人の病状がこんなにうまく寛解したことは、こうしたことにあまりなじみのない日本人には違和感があります。

 

 

 

 

 「誰も知らない小さな国」で、現代児童文学(定義などは他の記事を参照してください)のスタートを飾ったと言われている佐藤さとる(創作だけでなく、「ファンタジーの世界」のような啓蒙的な専門書の著作もあります)が編集したアンソロジーの巻頭作です。
 この作品の初出は、1970年6月に出版された作者の短編集「ユングフラウの月」です。
 主人公(作者の分身と思われます)と狐の親子との交流を、彼の山小屋(別荘)を舞台にして描いています。
 作者自身が好きなアウトドアライフと動物ファンタジーを融合させた、作者独自のおしゃれな短編になっています。
 野外調理用のスウェーデン鍋や固形スープなどともに、がんもどきを登場させるなど、和洋折衷のユニークな作品世界を展開しています。
 編者は、巻末の解説でこの作品について、
「こんなタイプの作品を書く作家は、おそらくこの人をおいてほかにいないのではないかと思う。澄んだシロホンの音色のようにハイカラな作風だが、その底には江戸以来の日本人のユーモアが漂っていて、思わずひきこまれてしまう」
と、書いていますが、全く同感です。
 

 

 1999年公開のイギリス映画です。

 ジュリア・ロバーツ主演のロマンティック・コメディです。

 ストーリー自体は、冴えないバツイチの書店主とハリウッドの大女優の恋という他愛のないものですが、しゃれた会話やノッティングヒル周辺のおしゃれな雰囲気を楽しめます。

 特に、相手役のヒュー・グラントは、後年はコミカルな役が多い(パディントン2やブリジット・ジョーンズの日記シリーズなど、それらの記事を参照してください)のですが、この映画では最後までずっこけることなくさわやかな二枚目半の役をこなしていて魅力的です。

 さすがに、ラブコメの帝王の異名をとるだけのことはあります。

 ジュリア・ロバーツも、私生活での本人と同じような役なのでのびのび演じていて好感が持てます。

 

 

 

 

 1983年のアメリカ映画です。

 バレリーナになることを夢見る溶接工(!)の18歳の少女を主役にした青春映画です。

 ストーリー自体は勤め先のバツイチの社長と結ばれて夢への一歩を踏み出すという他愛のないものですが、ダンスシーン(アルバイト先のショーパブやバレー学校のオーディションなど)はかなり見せます(ただし、すべて実際は主役の女優とは別人が踊っています)。

 アカデミー賞の歌曲賞を受賞したアイリーン・キャラの歌う主題歌をはじめとして、素晴らしい音楽が用いられていて、サウンドトラック盤は世界的に大ヒットしました。

 当時はやっていたMTVとの融合も話題になり、全編MTVのビデオクリップをつなぎ合わせたような趣があり、評論家の評価は低かったものの、主演の新人ジェニファー・ビールスの愛らしい容姿も相まって、商業的には世界的に大成功を収めました。

 そういった意味では、翌年の「フットルース」と同じようなタイプの映画だったと言えます。

 

 

 

 

 第155回の芥川賞を受賞した作品です。

 世の中に対して一般的な対応ができない女性が、コンビニのマニュアル化された環境において初めて適合できます(あるいは過剰適応します)。

 作者の実体験に基づく詳細なコンビニの描写とともに、固定化された現代社会の規範(特にジェンダーに関するもの)に対する風刺が鋭く描かれています。

 描かれている登場人物たちの人間像が、誇張や定型化されているので、読者によって好みの別れるところでしょう。

 

 

 

 

 

 2001年に公開されたロマンティック・コメディです。
 レネー・ゼルウィガーが、大酒飲みでヘビースモーカーの小太りの(日本の基準ではずばりデブかも知れません)三十代の独身女性を熱演して、世界中で大ヒットしました。
 怠惰で男性関係にもだらしなく、かなり下品なのですが、それでいてどこか憎めない可愛らしさがあるところが、彼女の人気の秘密でしょう。
 いつも彼女を励ましてくれる友人たちも、優しいゲイの元歌手や言葉の汚い女性記者など、キャラが立っています。
 ハッピーエンドの相手役はイマイチなのですが、彼女と一時愛人関係になる好色なダメキャラの上司は、こうしたダメ男役をやらせたら天下一品のヒュー・グラントが演じているので、主役の彼女との絡みで十分笑わせてくれます。
 それにしても、「あなたはそのまま変わらなくても、いつか白馬の王子様が現れて幸せになれるよ」的作品は、洋の東西を問わずに、現代でも若い(?)女性には人気があるようです。
 


 

 1961年のアメリカ映画です。

 シェークスピアの「ロミオとジュリエット」を、1960年代のニューヨークの下町を舞台にして描いた作品です。

 白人系のジェット団とプエルトリコ系のシャーク団の対立を背景に、許されない愛に生きる男女(アントンとマリア)の悲恋が、レーナード・バーンスタインの名曲の数々と華麗な群舞にのせて描かれます。

 最後は、主要な男性三人(両方の団長とアントン)の死に終わるのですが、ミュージカル仕立てなのでそれほど深刻にはなりません。

 ナタリー・ウッド(ジュリエットにあたるマリア役)やジョージ・チャキリス(シャーク団の団長役)は、この映画で日本でも一躍スターになりました。

 

 

 

 1954年公開の日本映画です。

 元祖怪獣映画であるこの作品は、記念碑的な映画として、その後ハリウッドでも、そして日本でも繰り返しリメイクされることになります。

 原水爆実験(そのころは、平気で大気圏や海洋で、核実験が行われていました)によって生み出された、怪獣ゴジラが日本を襲います。

 東京も壊滅状態になりますが、最後は片眼の科学者芹沢博士が発明したオキシジェン・デストロイヤーによって、ゴジラは東京湾で滅ぼされます。

 核兵器や核実験への批判、ラストでの芹沢博士の自己犠牲など、たんなる娯楽映画の範疇を超えて訴えかけるものがあったので、その後の怪獣映画の隆盛に繋がったのでしょう。

 スーツアクターとミニチュアという懐かしい特撮ですが、今のCG全盛の映画とは違った手作り感満載のそれゆえ迫力ある映画に仕上がっています。

 宝田明、河内桃子、平田昭彦らの俳優陣も、若々しい演技で魅力的です。

 

 

 

 ヤマザキマリの人気コミックスを、2012年に実写映画化しました。
 主役の阿部寛を初めとした彫りの深い、いわゆる濃い顔の俳優たち(市村正親、北村一輝、宍戸開など)を主要なローマ人役に採用し、平たい顔族(日本人)と対比させるという画期的なアイデアで大ヒットしました。
 特に、阿部寛と愛し合う女性として、平たい顔族の代表的な美人である上戸彩を選んだのは秀逸でしょう。
 ストーリー自体は他愛のない物なのですが、ここで紹介されるいろいろなお風呂用品や温泉を改めて見ると、やはり日本のお風呂文化は異常なまでに発達しているのだなあと感心させられます。