泣いた赤鬼 | 目覚めるための心のlesson

目覚めるための心のlesson

あなたの頭の中で巻き起こっている不安も批判も
「自分は間違ってない」と主張している思考もすべてが
「本当のあなた」とは何の関係もないとしたら。。。。

 

 

 

 



感情は、
私たちが生きる上で大切な情報を教えてくれるものですが、
一方で問題や苦しみを生み出す思考や行動の源となるものにもなります。

 


そして
問題や苦しみを生み出す思考や行動の源となる感情は、
感情を感じる個人の体験から排除されていることが
多いのです。


例えば悲しみについて、
人が大きな悲しみを感じる体験をした時に
しっかりと泣く、のを抑え 悲しむことを避けた場合
悲しみという感情を感じると、
反射的に 
大きな悲しみを感じた体験が思い出されることで
悲しみという感情に対して恐怖心を持ってしまうことが
起こり心傷体験(トラウマ)となります。

このように 悲しみを切り離す体験によるトラウマは

それ以降の人生で、反射的に
悲しみを感じる代わりに怒りの感情や衝動がわいてきて、
人間関係や心の健康に悪影響を及ぼします。

 

 


悲しみは自分の弱さや脆さとして感じられ、
恐れの対象となり、怒りは対人関係を壊す恐れや怒りを表すことへの
恥ずかしさを伴うことから、多くの人の恐怖の対象となります。

 


恥や恐れも同様の理由で恐れられます。


幼いころに嬉しくて楽しくてはしゃいだ時に
騒ぐな!静かにしろ!と怒鳴られたことで
人によっては喜びや愛といったポジティヴな感情すら、
恐れの対象となることもあります。



特に 日本人の多くは、
感情を「感じないように身体や表情を硬くこわばらせる」という対処が
よく見られるような気がします。


身体に力を入れることで、
感情を閉め出しているといったイメージ。



ですがそのように 切り捨て、見捨てられ“仲間はずれ”にされた感情が、
悪さをしないはずがありません。


仲間外れにしている感情が
多ければ多いほど、大きければ大きいほど
私たちの人間関係の問題、心身の不調、行動上の問題を引き起こし、
「仲間はずれにしないで!」と私たちに訴え続けます。


悲しみや怒りや恐れや恥ずかしさは
鬼退治!や鬼は外!のように 私たちの中から
追い出すもの、と思っていませんか?
 

私たちから忌み嫌われ普段避けられている感情は
言ってみれば、「鬼」のようなもの。


「泣いた赤鬼」という物語があります。

この物語に登場する「鬼」は怪物のようなものではなく、
忌み嫌われて世間から排除され、差別の対象となった人びとを
象徴していたとも言われています。


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【泣いた赤鬼】

山の中に、赤鬼と青鬼が住んでいました。
二人の家は谷をへだてていましたが、お互いの家を行ったり来たりして、
たいそう仲良く暮らしておりました。
赤鬼は、谷を渡る途中に見えるふもとの村を眺めながら、
いつもため息をついていました。
「人間たちとも仲良くなりたいな。」
しかし、村人たちは鬼の姿を見ただけで震え上がり、
鬼のいる山に誰も近づこうとはしません。
そこで赤鬼は、山の入り口に立て札を立てることにしました。
『心のやさしい鬼のおうちです。どなたでもおいでください。
おいしいお菓子とお茶も用意してあります。』

「心のやさしい鬼なんているものか。
人間をだまして、食べてしまうにちがいない。くわばら、くわばら。」
村人は恐がって、誰一人として遊びに行こうとする者はいません。
赤鬼は、悔しくて悲しくてふさぎこんでいましたが、
とうとうしまいには腹を立てて、立て札を引き抜いてしまいました。

赤鬼が立て札を引き抜いた次の日、
ふもとの村では大騒ぎが起こっていました。
青鬼が金棒を振り回して暴れ始めたのです。
青鬼に追いたてられて、村人たちは逃げまどいます。
そこに現れた赤鬼が、乱暴な青鬼をこらしめて村人たちを守りました。
青鬼が考えたこの芝居のお陰で、
村人たちは赤鬼にすっかり心を許すようになりました。

こうして、何人もの村の人たちが赤鬼のところに
遊びにきてくれるようになりました。
赤鬼は、人間と友だちになれたことが嬉しくてたまりませんでした。
しかし、あの日からぱったりと訪ねて来なくなった青鬼のことが心配で、
心が晴れません。
赤鬼は、青鬼の家を訪ねてみました。
青鬼の家は、戸が固く閉ざされていました。
気がつくと、戸のわきに貼り紙がしてあります。
『赤鬼くんへ。人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。
もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、
君も悪い鬼だと思われるかもしれませんので、ぼくは旅に出ることにします。
いつまでも君を忘れません。さようなら。君の友達、青鬼。』
赤鬼は、黙ってそれを読みました。
何度も何度も読みました。
そして、戸に顔を押し付けて、おいおいと泣きました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・物語ここまで。



多くの人は自分の中から、自分の身の回りから、
「鬼」を閉め出すことで【一時の安心】を得ようとしますが
夜叉や般若に象徴されるように、
人の中には「鬼の面」があり、完全に閉め出すことなどできません。


夜叉や般若のお面は、
怒ってるようで泣いている、泣いているようで怒っている、ように
見る人のいくつかの感情が投影されるといいます。



自分の中の見たくない感情、

感じたくない感情、触れるのが怖い感情。



私たちの心から孤独感が解消し真に心に平和が訪れるのは
私たちが「仲間外れ」にし恐れてきた感情と
仲良くなる時なのかもしれません。