母の予後。。



「意識がある」とは

どういう状態をいうんだろう



返事はない
でも、ときどき目を開けて、

こちらをじっと見つめてくる





私の声は聞こえているのだろうか
すぐにまた静かに目を閉じる





人工呼吸器は外れたけれど、

喉には気管切開の穴が残り、

鼻には栄養を送るための管




動かしたら壊れてしまいそうな身体で、

母は寝たきりになった




「この状態が長く続くと思います」

その頃はっきりとそう言われた





長くなるとは、どれぐらいですか……



聞いてはいけない質問のような気がする

聞いたところでドクターも答えられないとわかっているから、飲み込んだ







そういう患者さんを受け入れてくれる療養病院を探しましょう。
そう言われ、母は地元の療養病院へ転院することになった






母が元気な頃、買い物をしていた近くに新しくできた病院。
まさか自分がそこへ入院することになるなんて、夢にも思っていなかっただろう

 





母は医療職だった
この病院に知り合いがいるんじゃないだろうか
……いないといいな
変わり果てた母の姿を、誰にも見せたくなかった
そんな気持ちがあった





その療養病院で、私たちは大きな選択を迫られる。
「胃瘻を造りますか」
介護職をしていた私は、胃瘻について全く知らないわけではなかった




そして、母が元気だった頃、何気ない会話の中でこんなことを言っていたのを覚えている





「胃瘻とか、管につながれるようなことはしたくない、自然に任せたい」




父もその言葉を覚えていた
だから、この選択は本当に苦しかった




鼻から栄養を送る経鼻経管は、定期的に管を入れ替えなければならない
そのたびに鼻へ管を通す苦痛がある
常に異物感もあるだろう
感染のリスクも高くなると説明を受けた



もし、この状態が何年も続くとしたら…
そう考えると、少しでも母の苦痛を減らしてあげたい
でも、胃瘻を造るということは、母の望みに背くことになるのかもしれない
精神的に限界だった父は、もう考える余裕を失っていた




「お前が決めてくれ」



そう言われ、最終的な判断は私に委ねられた

内心、勘弁してくれよと思いながら

私しかいない、とも思った





介護職の仲間や先輩にも相談した
知識のある人たちの話を聞けたことは、本当にありがたかった



そして私は、同意書にサインをした
「胃瘻造設をお願いします」 






お母さん、ごめん
胃瘻にするね
お母さん、ごめん
まだ逝かないで
私が回復させるから 




あの時の私は、本気でそう思っていた
母を連れて帰る未来を信じて
その未来だけを見て、私はこの決断をした