自分勉強用
2026年5月16日 丙午年 癸巳月 庚寅日
今のテーマは
感性認知
おおよその結論は
意識が主体で現実が副次的
いろいろ漠然としたものを
少し書き起こして整理してみる。
どうしても
感性認知のメカニズムとは?が
未だに書けていない。
お勉強を進める度に
今まで生きた中で
自分がいかに
自分の感性をおざなりにして来たかを
思い知らされる。
頑固な程に精神世界型の直感型タイプのくせに
ばりばり現実世界型の思考型主体に直感型をサブにもつタイプ環境の中で、
そのようになるように
懸命に生きて来たツケが
意識にも現実にも
今、現れているようだ。
さて、
どのように統合させるかが
今の課題だったりする。
お肉が食べられない
と思っていたけれど、
食べられるお肉もある事がわかった。
ガルシア効果の条件づけで
ちょうど体調が悪い時にお肉を食べて
調子が悪くなったから
お肉が食べられない
という現象が起こっているのかも…とも
思っていた。
「安いものばかり食べてるから
身体を壊すんよね」と、
母が心配して生協のイイお肉を
分けてくれていたのだけど、
試料に気遣われた
その生協のイイ豚肉も
気持ち悪くなっていたから、
やっぱり
私はお肉が食べられないのか…と
思っていた。
でも、
お裾分けで頂いた
高座豚というイイお肉のヒレ肉を
体調の良い時に
小さい塊を一つ、チャレンジで食べてみると、
便秘気味にはなるけれど
気持ち悪くならなかったんだ。
まず、獣臭くない。
何だこのお肉は⁉︎と調べてみると、
試料もそうだけど
水も環境も
高座豚は
豚のストレスがかからないように
育てられているらしい。
それに暫くぶりのお肉は
力が湧き出る。
翌朝の読経する観音経が
全然違う。
私が食べられないのは
アニマルウェルフェアの方面だったのかも
しれない。
高座豚は
流石に普段使いできるお値段ではないから
地産地消で
それに近いものはないかしらと探して、
循環型農法で
豚のストレスが少なく飼育された農場のお肉を
見つけた。
こま肉を頂いたけれど
今のところ
気持ち悪くなっていない。
あぁ、面倒くさい身体だと
思うけれど、
これをきっかけに
家畜の福祉に目を向ける
ひと家庭になれたのかもしれない。
精神世界型の直感型タイプなら
当たり前のことだったのに、
こうまでしなければ
そちらの方向に向かっていないのだろう。
食のことだけではなく
モノコトの考え方でも同じように
そんな感じで
思うのは、
お金は
誠実に生産してくれるところや
誠実に商いしてくれるところに
回したい。
このご時世だからこそ
何十円や何百円高くても
誠実に貞しく商売しているところに
お金は循環したい。
そう思うと、
全世界中でお金中心に
金採掘の自然破壊や戦争経済の発展に
向かっているきらいを感じるのは、
現実世界型の人達中心に
モノコトが進んで来たからだ。
逆を言うと
精神世界型の人達の影響力、実行力が
小さすぎたからだ。
知覚認知心理学をみてみると、
心的イメージは
脳内では実際に行動を起こしている時と
同じ働き方をする
ということがわかっている。
脳内では
実際にモノコトをやっているんだ。
実行するということは、
その向こう側のアイデアや対策も徐々に観えてくるようになる、
ということだ。
そして、
気功を体験したことがある人なら
このイメージが
エネルギーの駆動になる、ということが
わかるだろう。
イメージをするということは
つまり、
意識が膨大な力を持っている
ということだ。
この世は
いろんなエネルギーで満ちている。
でも、
自然植物界で偏りが過ぎると
虫が大量発生するように、
今の世界のエネルギーバランスは
偏り過ぎている。
お金自体が悪いわけではない。
お金の価値の位置付けに
バランスが偏り過ぎているだけなんだろう。
故に
お金の価値の担保を確保しようと
動く人達もいれば、
スピよりの人や精神世界を主体とする人が
大発生しているようにもみえる。
世界はおそらく
均衡化へと流れているだけなんだろう。
バランスが偏り過ぎてしまった
原因のひとつは
精神世界型の直感型タイプのような人達が
自分達の感性を意識する
ということを抑えてしまっていたから
ということもあるだろう。
時代の流れから
意識を抑えて
意識することを怠って
何十年も過ごして来たから
世界全体の感性認知を
上手く働かすことが出来なくなっている
のだろうか。
そんな事を考えるこのごろ。
せめて
自分の中の
感性認知のメカニズムだけでも
上手く言い表してみたいものだな。
先日の復習
養生訓
病には
薬や施術に頼るよりも
それ以前の
養生と予防が一番大切だ。
病への処置にかけるエネルギーよりも
養生や予防にかけるエネルギーの方が
小さくて氣持ちが楽だ。
外邪の影響を受けない健やかな身体づくり
外邪を未然に持ち込まない対処
外邪が入ったとしても早めに処置を施す
人の健康に限らず
組織の健康、商いの健康も
そうだろうね。
火風鼎
新しいものを創り出す段階
土台を固める
そのために、
周りをよく見て注意する、
あせらず冷静に時を待ち、
固める。
形になってきたとしても
謙虚に貞しく誠実に
モノコトを創り出し、
人の助言を聴きすすめていく。
モノコトが混沌としている時分には
「革」の時なのだろうけど、
「革」の時が過ぎれば
「鼎」の時で、
それまでの邪の部分を少しずつ取り除き、
注意を払いながら
貞しさへと調整し、
誠実な業を営んでいくという
フローを歩むと良いのだろう。
「鼎」のフローを
歩んで来た組織は剛い。
人が集まるからだ。
それには
土台にはそれぞれの感性認知が
必要だろう。
あぁ、これがイイ。
その感受性を受け取って、
浸って、
その氣を意識してみる。
その氣を選んでみる。
その氣に動いてみる。
そのメカニズムが
創り出す世界のエネルギーに
なっていくのだろうね。