こんにちは。
つなぎびと雫です。


いつもお読みくださり
ありがとうございます。


これから
数日のうちに

蟹座新月
七夕🎋
マヤ暦でも
節目となり

個人的にも
誕生日があり



新たな始まりとなります。



七夕月🌌
たなばた‐づき【七夕月】
〘 名詞 〙 ( 七夕祭の月にあたるところから ) 
陰暦七月の異称。《 季語・秋 》
[初出の実例]
「十二月異名〈略〉七〈略〉七夕月〈略〉家隆 かささきのよりはの橋も心せよ七夕月の比まちえたり」
(出典:蔵玉集(室町))


この七夕月という
文字は自分を表しているみたいで
好きなんです。




2023年から
特に変容を感じており
2024年
2025年と
大きな節目にあたります。



自分自身の体感と
宇宙の流れがシンクロしています。





この世界は

ことばを使うようになってから
自我が
よりあらわれやすくなったのかも
しれません。




ことばを発したくない
瞬間があります。



ことばを止めたいと思うとき
それは
自我が走り出している
または
走り出そうとしていると
氣づいたとき



自分自身にも
相手にも


それは
正義感だったり
強い偏見であったり


ことばは面白いくらいに
これらをあらわしてくれるから。

走り出したら止まらない。



自我に介入されないように



そして
ことばは心を越えないと
感じたときも


静寂に包まれるように








文字は、
ことばの器として生まれた。


わたしは
ことばを話すよりも
文字にすることのほうが
好きですね。


ただ
同じことばを発するのでも
歌うことは
小さい頃から好きでした。




歌番組を見ていて
歌は心の奥にすーっと
入り込んでくるなと
思っていたので

今日久しぶりに
この本のこのことばを見て
腑に落ちるものがありました。


ことばは歌として
形成されたとき、
すでに呪能をもって
みずから活動する存在となる。



ことばが神とともにあった時代

古代人の感情は素朴で直截的であり、
つくろうところがなかった。


それは自我(エゴ)がなく
内側がそのまま
外側にあらわれていたのだろう。



最近は
もうひとりの自分がいつもいて
常に俯瞰していることが多くなりました。




昨年
記憶喪失になったのかと
思ったときがありました。

それには
呼吸が影響していることに氣づいたことを
↓こちらで書きましたが

今も
頭の中でネガティブな
おしゃべりが始まりそうになると

喉がきゅっと
詰まるような感覚になり


そこに意識を向けると
すぐに元の静かな状態に戻るように
なりました。




日々
自分なりに精一杯やったならば
頭の中で反省や後悔や言い訳のテープを回すのはやめました。

これが次の現象になるのだから

嫌なことはその一瞬だけ
尾びれ背びれをつけて引きずり続けない

バシッと切ってその都度リセット

ずーっと考えなくても必要なタイミングで
すばらしいひらめきが起こるようになっているから♡

そして
不思議なことにリセットしたら
人も世界も変わって見える☆




今朝、こんな夢を見ました。

家の中には観葉植物がたくさんあって
どれもつやつやきらきら輝いていました。

よく磨かれた窓から日差しが注ぎ
暑くも寒くもない
とても心地のよい中で
植物たちに囲まれながら
わたしはうとうと寝てしまっていました。

ふと目を覚ますと
玄関のドアが開け放たれていて
そこからも光が差し込んでいました。

その光とともに
二人の女性が玄関から入ってきていました。

「とても心地よい氣が溢れていたので
入ってきてしまいました。」
にこやかに笑いながら
わたしに
話し掛けてくるのです。


わたしは
横になっていたからだを起こし
少し戸惑いながら
彼女たちと光を見ていました。



そんな夢を見ました。



とても心地のよい体感の夢でした。
二人の女性たちが勝手に入ってきていることに
少し戸惑いながらも受け入れていました。


相変わらず
二人の女性だなと
思いながら

外側と内側の隔たりがなく
風や光が通り抜ける
解放感を感じています。



まだまだ
日々繰り返し繰り返しの連続ですが
瞬時に
氣づくことが増えたように
思います。



わたしの純粋な想いを大切に
それを形にしてあげたい♡



いつも最後まで
お読みいただき
ありがとうございます。


愛と感謝を込めて。
氣づきと心の解放が生まれますように。