上海
中国の安ホテルで、何気なくテレビを眺めていると、日本が映っている。何かと思えば、建設中の第2東京タワー(通称「スカイツリー」)が高度を重ね、とうとう世界一を誇っていた上海タワーを追い抜いたと、中国のニュースは伝えていた。何かと日本を意識する中国であるから、世界一を日本に奪われたその知らせは、どれだけニュースキャスターがポーカーフェイスで伝えようとも、中国人民には日本への憎たらしさを少なくとも掻き立てられるものであったろうと私は邪推した。
私は上海へ行った夜に、それまで世界一を誇っていた上海タワーに上ってみた。上海の夜景に少なからず期待を持って、安くはない中国元を払って展望台へ上ったのだが、薄汚れたガラスから外を見下ろすと、それは何とも、中国を象徴するような光景だった。
日本でもしばしばテレビで目にする、上海の繁華街は煌々と輝きを放っているのだが、それ以外の場所は、真っ暗だったのである。その真っ暗な部分は、おそらく住宅地であろう。つまりテレビで流される繁華街のみが煌びやかに光を放っているのに対して、決してテレビで放送されないような一般人の住む住宅エリアは、真っ暗だったのである。その夜景には、富を持つものとそうでない者とのコントラストが浮かび上がっていた。いくら富の象徴である高層ビルが人の目を引きつけようと煌びやかな光を放っていても、私はその余白に暗闇がある上海の夜景を、決して美しいと思わなかった。
私は日本の夜景をそのとき、頭の中で思い描き、そしてそれが、実は美しいものであったことに、このとき初めて気がついた。函館で見た夜景も、長崎で見た夜景も、そして六本木ヒルズの展望台から見た東京の夜景も、その光は、そこに生きる人たち、全ての光だった。それは家の窓から溢れる光であり、街頭の光であり、車のヘッドライトやテールライトであり、ビルの窓から溢れる光であり、高層ビルの屋上で点滅する赤い光であり、街のネオンの輝きである。それはそこに生きる人々の、全ての光である。決して選ばれた者の、光の寄せ集めではないのだ。日本の夜景は星屑だった。そこには空白はなかった。真っ暗な部分がない。人々の一般的な生活でさえ、美しい夜景の一部だった。上海のように、そこは真っ暗ではなかった。
私はそれまで、六本木ヒルズから見下ろす東京の夜景に対して、憎しみに似た感情を抱いていた。私は東京で27年も生活してきたくせに、東京の夜景が、だんだん許せなくなっていた。私は次第に、東京に息苦しさを感じるようになっていたのだ。その理由は一言では説明できない。しかし結果、私は東京を離れるに至った。息苦しさを感じるほどあらゆるものが密集した東京という都市は、一人の人間の価値など砂粒程度にしか存在し得ない。それに耐えられなくなったのかも知れない。
東京の都市開発にも疑問を感じていたし、六本木ヒルズなんて建物を建てること自体、「バベルの塔」を建てようとする人間の愚かさだと私は冷めた目で見ていた。にもかかわらず、六本木ヒルズから見下ろす東京の夜景は、皮肉なことに、この上なく美しかったのである。上海の夜景を見たとき、そのことを心底痛感した。息苦しく感じた東京という大都市は、数百メートル離れた高さから見下ろしたとき、皮肉なことに、息を呑むほど美しい星屑としての一面を見せるのである。道路はまるで人体の中に張り巡らされた動脈のようであり、そこを走る車のライトは、まるでそこを流れる血球のように思える。その夜景を、人体とフラクタルであるような錯覚に酔いながら、透明なガラス越しに私は見つめていた。上海タワーの展望台で、皮肉にも私が眺めたのは、頭の中にある東京の夜景であった。