死んだ魚の涙
シビウに行くまでの私は、生活を自分自身で窮屈にしていました。なぜならそれまでの私には、生活を楽しむという発想がありませんでした。むしろ生活を楽しむことを、私は悪いことだと考えていました。私が自分の生活を楽しんだって、社会にとって何の役にも立ちませんから。そんな役に立たないことに夢中になるのが許されるのは子供のうちだけで、大人になれば自分が社会という大海原の中で生きていることを理解できるようになりますから、社会にとって役立つ人間にならなければならない、自分の生活を楽しむなんて、そんな社会の役に立たない個人的なことは二の次だ、それが大人になることだ、私はそう思っていました。
しかし生活を楽しむことを二の次にしている私の表情には元気や明るさがないようで、シビウでの生活も終わりに差し掛かったある日のこと、ルーマニア人女性のラビニアが私の顔を心配そうに見つめながら、「どうしてアナタはいつも心を閉ざしているのだ。どうして心を開かないのだ?」と尋ねたのでした。私は「別に心を閉ざしているわけではなくて、これが自分にとっての普通の顔なのだ」と答えたのですが、全然理解してもらえません。自分の生活を楽しむことを二の次にして、死んだ魚のような顔して生きることを大人になることだと主張する日本人は、ここルーマニアでは全くもって理解に苦しむ存在だったのでした。ラビニアはさらにこう続けます。「アナタはもっと、自分の感情や考えを外に出さなければダメだ。笑いたいときは笑い、泣きたいときは泣き、怒るときは怒る。また、自分が考えていることをしっかり人に伝える。時には喧嘩してでも、自分の考えを言わなければダメだ!また好きな女性がいたら愛を伝えて、もっともっとメイク・ラヴするべきだ!!」そう彼女は力説するのでした。
「そんなこと君に言われなくてもわかってるさ!日本で大人になることはな、ルーマニアで大人になることのように簡単じゃないんだよ!バカヤロウ!!」と私は言い返してやりたかったのですが、死んだ魚みたいな顔で生きる自分を正当化したところで、全然説得力がありません。また日本で大人になることがどうルーマニアよりも大変なのか、その日本独特の文化を説明できる語彙力も私にはありませんでしたので、渋々「ああ、そうだ。君の言う通りだ」と私は答えました。「そうさ、君の言う通り、俺も笑いたいとき、笑いたいよ。泣きたいとき、泣きたいよ。怒りたいとき、怒りたいよ。そして自分の考えも言いたいし、納得できないことは納得できないと言いたい。そして女性に愛を伝えたい。これまでだって愛を伝えたい女性は20人くらいいたさ。勿論メイク・ラヴだってしたいよ」そう言う私をラビニアは優しく抱きしめてくれ、なぜか私はボロボロと大人気なく泣いていました。情けない姿に変わりはありませんが、そんな私の表情は、死んだ魚の顔よりは、多少人間に近い顔をしていたと思います。
私が泣いていた理由は、これまで自分の感受性を自分の中に押し殺して生きてきたことが、無性に悔しくなって泣いていたのでした。
しかしラビニアにとってみれば、私が急に泣き出したものですから、自分がきついことを言って私を泣かせてしまったのだと勘違いして、泣いている子供をなだめるように私の手を取って、何度も「ごめんなさい、きついことを言ってしまって」と謝るのですが、私は自分の泣いている理由を説明できる語彙力がやはり足りないものですから、ただ彼女が謝るたびに、ひたすら「No!」「No!」と繰り返すばかりでした。きっと今でもラビニアは、自分が酷いことを言って私を泣かせたのだと勘違いしているでしょう。