アユタヤー
タイの首都バンコクから鉄道でアユタヤーへ移動した。列車は3等席。タイ人ばかりの車両は、この国の日常が味わえて面白い。窓は全てが全開で、風が容赦なく私の顔を殴りつける。
私はどの町でも歩いて回る。歩く速度に拘りたいのだ。この世界遺産で知られるアユタヤーも、例外なく歩いて遺跡を回った。破壊された仏像が印象的だった。バラバラになった仏像が、散乱している。戦争で破壊されたのだろう。静かな雰囲気と、その無残さのコントラストが、何とも私には印象に残った。
パンフレットに必ず載っている、アユタヤーで最も有名な、樹に掘り込まれた仏の顔を観に行くと、さすがに世界遺産ということもあり、日本人のツアー客や卒業旅行の大学生も多かった。ガイドブックの写真で観ると、それはまるでH・R・ギーガー(映画「エイリアン」のデザインが有名)の絵のような魅力を感じたのだが、実際に見るとインパクトはそれ程でもなかった。それは有名な観光地において、しばしば感じるギャップなのだけど。
遺跡の帰り、食堂でトムヤンクンを食べてみた。タイに来て始めてだ。日本料理ではありえない、すっぱい味に驚いた。色々と野菜や葉っぱが入っていたが、どれが食べられて、どれが味噌汁に入った柚子のように、香りを出すために入った、食べずに残すものなのか、区別がわからずに苦労しながら食べた。
宿に戻るとゲストハウスのフロントの兄ちゃんが話し掛けてきた。「一人で旅をしているのか?」私は「そうだ」と答えると、「なぜ一人旅なんだ?」と訊く。私は自嘲気味に「No friend」と冗談を言うと、彼は笑いながら「Oh, no friend, no girlfriend. Lonly boy!」と言った。そうさ、俺はLonly boyなんだよ、そう独り言を呟きながら部屋の鍵を開けた。やたら広く感じるダブルベッドに横たわり、ノートを広げて溢れる言葉を書きなぐった。
なぜ、旅をするのか
孤独を業とするためか
なぜ、生きることが虚しいか
なぜ、時が過ぎ行くことを、寂しく感じるのか
なぜ、笑えないのか
なぜ、心を開けないのか
何が怖いのか
死が怖いのか
死とは何なのか
生きるとは何なのか
もうわかった気でいるけど、もしかしたら、ちっともわかっていないのかも知れない
だから生きるのが虚しくて、孤独なのかも知れない
生と死と、孤独を見つめる旅の中で、何かを見つけたい
旅の目的が存在していたことを知りたい
旅はそれを見つけるための、衝動であったことを確認し、身震いして喜びたい
書きなぐり、眠りにつこうとする。目を閉じると蚊の羽音がプーンと鼓膜を振動させる。「ああ、またか」と私は呟く。その羽音から想像する蚊の大きさにうんざりしながら、今夜も眠れない夜を覚悟する。しかし、私は再びペンを持ち、ノートに書きなぐる。
眠れない夜が続くのは、蚊のせいだけなのか?
孤独と死を、とことん見つめる旅
死と孤独の果てに、一体何がある?
旅のテーマは死と孤独だ
行き先はない
私の中から「死」と「孤独」という言葉にある“暗さ”が消えるまで、旅を続けるだけだ
翌日、夜行列車でチェンマイへ向かうことにした。昼間は「日本人村」と呼ばれる、朱印船貿易の頃に日本人が多く住んでいた地域まで歩いた。
見学を終えて駅に戻っても、夜の11:30まではだいぶ時間があったので、傍のゲストハウスを兼ねたレストランで時間を過ごした。店の親父が知恵の輪を貸してくれて、私は4時間も試行錯誤したが、知恵の輪は外れなかった。親父は「アンタ、バカ」と日本語で言いながら、2秒で知恵の輪を解いて見せた。再び知恵の輪をはめて、「ほら、やってみろ」と私に手渡す。再び私はガチャガチャやり始める。
その間、親父は店の前に出て、通りがかった全ての旅行客に、その国の言葉で話しかけ、勧誘していた。私はそれを見ていると、親父はその目線を意識してか、通りかかった西洋人の女性に日本語で「ヤラせてください」とか「オマンコなめさせて下さい」と声を掛ける。西洋人女性は静かに微笑みながら「no thank you」と言って通り過ぎる。親父は私の方を振り向き、そして笑った。