電波工作によって民主党に保守派を引き込もうとしていた人たちは一定のターゲット像を持っていたはずである。
保守と呼ばれる人たちの中にもいろんな類型があり、社会保障関連の社会問題に関心を寄せる人たちもいる。その中には学生時代や人生を通して、そのような問題や活動に関わっている人たちが沢山いる。
民進党の保守派のバックグラウンドチェックをすれば分かるが、大部分の人たちが社会的活動に深く関心を持っている保守主義者であり、実際に、そのような活動を行ってきた人たちである。
結局、自分が彼らのターゲットになったのは同じ理由である。自分が左翼過激派に勧誘されたのは共産党員の家庭で育ったからであるが、彼らの工作に落ちなかったのは自分が右派だからである。徹底した自由、民主制、資本主義の主唱者であり、彼らがどれだけ頑張っても洗脳工作に落ちるはずがなかった。
このようなプロファイルは左翼過激派にはなり得ないが、その後に民主党を作った人たちが求めていた保守像に合致することにもなる。実際の話の流れからすると、90年代初めに自分を左翼過激派にする工作があり、90年代半ばに自分を無害化する工作があり、民主党の話はそれ以降になる。それは左翼活動家が民主党の結成を工作し、保守派へのアウトリーチを求めたのが90年代後半からだったからでもある。
しかし、彼らが最後まで理解できなかったのは、自分は左翼思想が嫌いだという事実である。自分は左翼の家庭で育ったので、左翼の人たちと話すことには全くアレルギーがないが、彼らの思想に共鳴する余地は全くなかった。
と言うよりも、90年代までには共産主義は機能しないと確信しており、既に完全な右派になっていた。そして、90年代半ばまでには自由、民主制、資本主義の信奉者になっており、左翼の人たちがどんなことやってもクラックできない主唱者になっていた。
つまり、彼らに自分を落とせる可能性は全くなかった。しかし、彼らがあまりにも工作を続けたために、自分は彼らが暗殺をやっていたり、テロに関わっていたり、政治工作をやっていたことの証人になっていた。
それ以上に、自分は自由、民主制、資本主義を主張しており、左翼過激派と権威主義者の混成体である彼らにとって自分は危険思想の持ち主でしかないため、自分は永遠と彼らから狙われ続けることになった。