オウム逃亡犯工作は伊達興治が警備局長になる前に実行されており、彼が警備局長として決定したのではない。しかし、彼は隠蔽工作に積極的に関わっている。

 

 次に彼の別の国会答弁を挙げる。

 

また、全国警察におきましても、関連情報の収集に努めるとともに、現在逃走中のオウム真理教平田信ら三人の追跡捜査に全力で取り組んでいるところでございます。

http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc_text.cgi?SESSION=51534&SAVED_RID=6&SRV_ID=8&DOC_ID=808&MODE=1&DMY=54353&FRAME=3&PPOS=151#JUMP1

 

 

 この答弁は1998年2月4日のものであり、オウムが警察庁長官銃撃を実行し、平田信が首謀者であり、その所在を全力で探すということになっている。彼は小杉が実行犯でないことを知っており、それは平田信が首謀者でないことを知っているということである。にも関わらず、彼は国会で意図的にこのような発言を行っている。

 

 それは彼もまた平田信の所在を知っていたことを意味している。

 

 彼が警備局長に就任した1997年4月前後に、自分は平田信と一緒に働く工作を受けており、実際にそのような結果になる。それは電波操作によるものであり、伊達興治は電波工作能力と事実を知っていた警備局長であり、かつ、オウム逃亡犯の逃亡先幇助にも関わっているため、自分に対する工作も知っていたことになる。

 

 彼が裏理事官出身の警備局長であり、自分に対する工作を止める権限を持っていたにも関わらず、そのまま実行したというのは自分が左翼過激派にならなかったことが気に入らなかったからの可能性が極めて高い。それだけでなく、自分が公安と左翼過激派の共同工作を知れる立場にあったため、その事実に気付くまでに彼らは自分を無害化する必要があった。

 

 つまり、彼はかなりの確率で左翼過激派シンパであり、彼が公安の左翼過激化を主導していた可能性が最も高い。本当はこの点を確定したいが、公安は簡単に情報操作をするため、彼が公安の左翼過激化の首謀者だという真実までなかなかたどり着けない。