漆間巌は國松長官が撃たれた時点では警察庁交通局担当の審議官であった。つまり、本庁にはいたが、直接的に公安の業務には関わっていなかった。

 

 裏工作ラインは一般的な警備局の指揮命令系統から外れているはずなので、別の局にいたからと言って、彼が決裁に関わっていないとは言えないが、自分は彼が隠蔽工作の初動には関わっていないと思う。

 

 この隠蔽工作の決裁に確実に関わっている人間が他にも多数おり、その1人が当時の警視庁刑事部長だった石川重明である。彼は年齢も年次も漆間巌よりも1つ上であり、彼が工作の決裁を後輩に求めるはずがないため、漆間巌は隠蔽工作の初動に関わっていない可能性が高い。

 

 この隠蔽工作には幾つかの段階があり、初動の工作は事件の担当を警視庁刑事部から公安部に移すところから始まる。そして、オウム信者の警官であった小杉敏行を洗脳し自供させる局面へと展開する。

 

 その次の工作がオウムの末端幹部であった平田信を首謀者と名指しした上で、彼の逃亡を幇助するものであった。更に、この一連の流れを強化するために小杉敏行に対して催行催眠を行い、それをマスコミにリークすることで、オウムが長官銃撃を行ったという印象操作を公安が行った。

 

 漆間巌が初動に関わっていないというのは最初の段階の公安部に事件を移行する工作に関わっていないという意味である。ただし、彼は平田信の逃亡幇助に関わっている。だからこそ、自分は彼と一緒に働いており、それだけでなく、その逃亡幇助は彼の忠実なる部下である芦刈勝治が行っていた。

 

 この事実だけでも明らかであるが、彼も北朝鮮に対する最重要協力者であり、北朝鮮から優遇を受けていた。この事実は大きな問題であり、と言うのも、彼は日本の北朝鮮政策に10年以上関与しており、今でも政府の北朝鮮政策に影響を与えているからである。そして、その政策は間違いなく日本のためではなく、左翼過激派と北朝鮮を利するものである。