諜報機関は自己組織化の中で多くの人を殺してきた。その被害者の大部分は、スパイが必要とされる社会を作り出すために犠牲になった人たちである。

 

 テロや社会的騒動が起こるとスパイはより必要とされるが、そのためには確実にそのような事件が起こる必要があり、その結果として引き起こされた事件は必然的に犠牲者を伴っている。実際のところ、彼らは諜報機関の間接的な被害者であるが、そのような人たちの数の方が直接的なスパイ工作の犠牲者の数よりも多い。

 

 もちろん、スパイはそれ以外にも多くの人を殺してきている。世の中にはスパイの権力を受け入れない人たちがおり、そのような人たちは彼らにとっては潜在的な敵でしかない。彼らが自己組織化する中でそのような人たちの無害化を進めており、自分もその対象者の1人となった。

 

 自分は資本主義、自由、民主制度の信奉者であるが、この3つはそれぞれにおいてスパイの権威を否定している。結局、スパイには基本的に権威主義的な人間が多く、全ての権威主義は資本主義、自由、民主制度によって打破される。

 

 とは言え、権威主義的でなければ、スパイ組織で出世できないかも知れない。諜報機関内部でここまで違法行為と安直な人殺しが蔓延している中で、違法行為を拒否するような人物は組織内で出世できないだろう。一方で、上司の言うがままに何人でも殺し続けられるようなスパイは確実に出世し、さらに諜報機関が劣化していく。

 

 日本の公安の場合を例に採ると、このような人物がスパイ組織だけではなく警察全体の権力を握り、なおかつ、その人物が左翼的志向を持っていたために、政治的に敵になる人物を嵌め無害化していった。

 

 この状況はCIAでも変わらないと思う。もちろん、CIA内部の権力構造がそれほど左翼化したとは思わないが、それでも、権威主義的な勢力が潜在的な敵を駆逐したり、あるいは、テロを黙認したり引き起こしたりする中でスパイの権威自体を高めようとしていた。

 

 自分が無害化の対象になったのは彼らの潜在的な敵だからであるが、自分の場合は彼らの工作を知りすぎていた。と言うよりも、彼らが自分を何度も工作に嵌めようとしたにも関わらず自分が落ちなかったために、自分の存在自体が彼らの秘密工作の生き証人のようになってしまった。

 

 そして、彼らの懸念は正しく、自分が生き続けた結果、このような形で彼らの危険な工作が露見することになった。しかし、このような状況になっても、彼らは依然として拷問を続けている。

 

彼らは依然としてこのような全ての問題を秘匿できると考えているのかも知れない。ただし、ここで書いてきた事実を認めないのは、スパイがこれからもこのような工作を行うためだけである。全ての政府はそれ以外の選択肢を選ぶべきであり、その結果としてこれらの事実を公表し、電波工作の危険性を認め、スパイの工作能力を大きく制限すべきである。

 

 

ご一緒に、ご覧ください。
http://ameblo.jp/multifractal/entry-12153699877.html