この「警察庁長官を撃った男」という本が2012年夏というタイミングで出版されたことを利用して、公安は自分の目から事実を隠すことにも成功していた。

 

 この本が出版された頃には、自分は既に半年間以上も拷問を受けていたが、当時はまだ日本での拷問の方が香港のものよりも緩かったため、厳しい日々ではあったが、まだ普通に生きていた。オウム逃亡犯と一緒に働いていたのは彼が出頭した時点で理解していたが、この頃は、依然として、たまたま一緒に働いていたと捉えていた。

 

 時系列を整理すると、自分が拷問され始めるのは2011年12月前半であり、彼が出頭するのが12月31日であり、正月辺りにその逃亡犯と一緒に働いていたことに気付いた。その後、香港から日本に帰ってくるのが2012年4月であり、5月から実家に戻っていた。そして、この本が出版されるタイミングが7月である。

 

 当時は、依然として、電波操作が存在することと、自分が電波工作を受けていることに気付いていなかった。この頃でも感情がおかしくなることが頻繁にあり、特にまどろみの時間だけ別人のようになっていることがあった。

 

その上で自分の思考が完全に読まれていることもあった。そのような不思議な状況は気付いていたが、感情がおかしくなるのは拷問の結果として追い込まれているからだと思っていた。また、思考が読まれたのも警察とスパイには特殊な方法があり、読心術の延長的な技術があり、それで自分の考えが読まれていると思っていた。

 

 しかし、2013年に入り、電波操作が存在することと、自分が電波工作を受けていることを知った。更に過去を振り返るうちに、自分がはるか昔から工作対象者であったことが分かった。

 

問題はオウム逃亡犯と一緒に働いていた頃には、自分は既に深く工作対象者になっており、公安が完全監視を行っていたので、自分がオウム逃亡犯と一緒に働いていると気付かないはずがなかった。

 

 それは公安がオウム逃亡犯を幇助していたからこそ行えた工作であった。

 

 それが意味しているのは、かなり昔からこの逃亡犯の出頭と自分に対する工作をリンクさせるプランはあったはずであり、いずれ自分を嵌めるためにこの工作を利用しようと考えていたと言うことである。

 

 そして、彼らはタイミングが至ったと思ってこのプランBを実行する。結局、自分に対する暗殺は失敗し、ずっと拷問を加えている中で彼らの選択肢は限られており、自分がテロリストだということにして、拷問を正当化しようとしていた。

 

 それはすぐに破綻することになったため、彼らは長官銃撃事件に関しても新たな隠蔽を行う必要に迫られていた。

 

 

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