オウム逃亡犯はこの公安の裏工作ラインが作った。遅くとも1996年初期段階までにはオウム逃亡犯の足取りを抑えているはずであり、と言うのも、その頃には自分に対するオウムテロ関与フレーミングが始まっているからである。おそらく、彼らは1995年後半にはオウム逃亡犯の居所を完全に抑えて上で泳がせていたはずである。

 

 その後、1997-98年に自分は彼と一緒に働くことになるが、その頃までには公安は逃亡先を知っていただけでなく、逃亡自体も完全に幇助していた。それは泳がせていたというレベルではなく、逃亡が成り立つように公安が陰から支えていたという意味である。

 

 問題はなぜ逃亡犯を捕まえずに、泳がす必要があったかである。これは表面上、公安の左翼過激化と全く何の関係もない。この裏工作ラインがこの時点でかなり政治化していたとしても、オウム逃亡犯を泳がす理由はどこにもない。

 

 ただし、左翼過激派シンパの公安幹部はオウム逃亡犯を利用した。自分のようにこの工作に嵌められた人間は他にもいると思うが、少なくとも、自分の周りにもう1人、この工作に嵌められて永遠と公安の工作対象者とされていた思しき友達がいる。もちろん、正確には彼ももっと前から工作対象者になっていたはずであり、何かあったときにはこの工作をトラップに使うつもりだったと思う。

 

 それにしても、このフレーミングはかなり危険だった。自分が逃れられたのは自分が無関係であることを証明できる人間が検察組織内にいたからである。そのために検察が一切の調査を打ち切り、公安がいくらあがいたところで、このトラップを事件化できなくなってしまった。

 

 それがなければ、自分には何の発言の機会も与えられないままテロリストとして扱われ、自分に対する拷問への非難はもっと限られていたかも知れない。

 

公安のフレーミングはオウム関与だけでなく、自分は左翼過激派の拠点に出入りしている人間とログされており、北朝鮮から戻ってきたよど号ハイジャック犯ともコンタクトを持っているとなっている。

 

これら全ては虚偽であるが、彼らは表層をうまく作り上げて自分を嵌めようとしていた。結局、彼らが政治やメディアの情報コントロールを行っているために、自分が抵抗できる可能性はいつも限られていた。

 

 とは言え、自分を嵌めるためだけにオウム逃亡犯を作り上げる必要は全くない。最後まで逃げていた逃亡犯は3人であるが、その中に確実に隠さなければならない何かがあったために、公安は彼らを17年間も逮捕しなかったのである。

 

 その理由の中にもこの公安の裏工作ラインの本質が隠されている。

 

 

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