実は昔から事故工作は受けていた。事故を起こした中には手が変な形で動いた記憶もあり、電波操作を疑っているが、実際にはそれだけでは確定できない。それ以外に実際には事故に至る前に制御できた多数の工作があった。それらの中に確信をもって工作と言えるものが1つある。

 

 それは1995年の冬の話である。自分を左翼過激派に嵌める工作はそれまでもいろいろあったが、無害化工作はこの時期から激しくなる。

 

 その現場は道が長距離に渡って高架になっている場所で、信号に煩わされず走れる反面、道幅が片道2車線に限られ、またコンクリートでできた中央分離帯があるかなり狭めの道路になっている。その高架の最後は大きな右カーブになっており、それが終わってしばらくすると普通の高さに戻って信号に至る。

 

 その道を走っている時に何らかの拍子で自動車の中で諍いになっており、それと同時に後ろから車で煽られた。煽った後に、その車は走行車線側から自分を追い越していったが、その全てに腹が立って、自分もその車を追い越し車線側から抜いた。

 

 ただ、向こうの車も左後ろに見え、2台の車が同じスピードで競争している状態になり、そのまま、その右カーブに入っていった。カーブを曲がり出すと、想定外に追い越し車線側だけが渋滞になっているのが見えた。その道は基本的に見通しが良いが、その右カーブだけは右側の中央分離帯に隠れた先が見えない状態になっていた。

 

 一方で、走行車線側には渋滞車は一切なく、車線変更をしてそちらに移れば何の問題もなかった。しかし、自分の隣にはもう1台の車がガードするように走っており、自分には全く逃げ道がなかった。

 

 自分には真っ直ぐ進む以外の何の選択肢もなく、急ブレーキを踏んだ。それでも、まだスピードはまだ出ており、もう少しで前の車にぶつかるところまで来た。このままではかなりの大きな事故になると思っていると、その瞬間に左の車がフロントガラス越しに通り過ぎて行くのが見えた。

 

 そこで思い切りハンドルを切って、飛ぶように車線変更した。それであと5メートルくらいのところで自分は事故から逃れられた。

 

 結局、その前の信号で右折だけが交通規制されており、その結果として、瞬間的に追い越し車線の渋滞が500メートルほどになっていた。だからこそ、走行車線には車がなかった。

 

 そして、その交差点では警察がパトカーを出して規制していた。これが警察の工作方法である。おそらく自分は電波操作され攻撃性が高められた結果として、車内においても道路においてもそのような行動を取っていた。それでも事故が発生すると自分が100%悪いことには変わりない。

 

 この工作は極めて単純である。まず事故が起こりやすい場所に事故が起こりやすい状況を作り出し、その上でドライバーの攻撃性を高め、その攻撃対象となる車を用意すれば、それだけで簡単に危険運転を実行し、簡単に事故を起こす。一方で、このような工作が存在すると理解すれば、簡単に工作には嵌らないようになる。

 

 そして、自分はこの工作を命じた人間を特定している。それは当時の県警本部長である。これは前に書いた人物とは違うキャリア官僚ではあるが、残念なことに、やはり左翼過激派シンパの官僚である。そこには証拠もある。

 

 彼が来てから自分に対する無害化工作が強化された。つまり、彼の仕事の1つは間違いなく自分を暗殺することであった。そして、それ以外にも彼が関わった工作はある。

 

 

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http://ameblo.jp/multifractal/entry-12210845570.html