ここまでの間、移動を繰り返していたのは比較的すぐに終わると思っていたからでもあった。しかし、当面終わりがないのであれば、この生活を続けるよりもどこかに定住しようと考え始めた。そして、北海道を離れることを決めた。

 

自分はこのように感じていたが、今から振り返ってみても、これはほぼ完全に電波操作であった。電波工作と言っても、結局は時間を掛けて自分を説得しているのであり、どこまでが自分の意見でどこからが洗脳かを分離するのは最早難しい。ただ、数ヶ月の時間を掛けて、彼らはやっと自分の行き先を制御することに成功した。

 

 北海道にいる間は道東にいる時間が一番長く、それ以外に道北、道央に移動することも多かった。寒い冬の季節から夏までそこにおり、また、移動距離も長かったため、いろんな人にお世話になった。

 

 それは自分がどこに行っても工作対象になり、どこに行っても彼らが事前準備をするためでもあった。その中には公安やスパイと同じような敵意を持った人たちも多数いたが、心配してくれた人も多数いた。

 

 2012年末にインドネシアから戻って、奄美から南西諸島に入り、沖縄を抜け、北海道にまで飛んできた。そのどこに行っても警察は準備しており、波照間から礼文まで、日本の端から端まで彼らは何でもやろうとした。そこまでできるのは警察しかいないが、どうしてそんなことが許されたのかは今でも分からない。

 

 北海道に行った後から電波工作は既に隠されることなく、いろんなことが操作された。例えば、礼文に行った時にゴマフアザラシの群れを見たが、翌日に同じ場所に行くと既に群れはいなくなっていた。

 

 その時に、自分は前日に偶々この場所に来たのではなく、アザラシの群れがいるために誰かがこの場所まで誘導したと思った。自分の行動が電波操作されるのは堪ったものではないが、この頃には全ての人が悪意を持っていたわけでもなかった。特に、そのような光景は何度も見られるようなものではない。

 

 ともかく、北海道にいる間に電波操作の存在に気付き、それだけでなく、日本で行われている工作の根深さと広範さに気付いた。その時は、依然として、時間は掛かっても終わりはあると思っており、自分がこんなことを書くようになるとは思っていなかった。

 

ただし、こうやって書くことに追い込まれるのはその時には決まっていたのかも知れない。結局、誰かが声を出さなければ、彼らは何があっても自らの犯罪を認めないのかもしれない。

 

 

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