2013年2月になって、沖縄から北海道に転戦した。その年の八重山の冬はかなり暖かく、ほとんど肌寒さを感じない日本の冬を過ごしていたが、2月も終わりに近づいていたとは言え、北海道はまだ本格的な冬の最中だった。特に、自分が向かった道東は依然として寒い時期であり、海には流氷がまだ着岸している頃だった。
そこには沖縄の海とは全く異なる光景が拡がっていた。船に乗って沖の流氷を見に行くと同じ海とは思えない白い世界が拡がっていたが、海岸沿いに張り付いた流氷の上に乗っていると全く違う世界にいるように感じた。それでも、その氷の下には同じように澄んだ青い海があった。
ともかく、道東はまだ寒かった。最初の拠点として自分は網走にいたが、朝にはまだダイアモンドダストが光るような時期であった。それはマイナス20度以下にならないと見られない現象であり、最高気温が20度後半まで連日上がっていた八重山とは全く違っていた。
飛行場からバスで網走市内に入ったが、道路脇には大きく雪が積み上げられており、スーツケースを引きながら歩くのも大変だった。どんな状況になっているかはある程度分かっていたが、思った以上に冬まっただ中であった。
道路は一日中凍り付いており、着いた当初はこの中で運転する自信を全く持てなかった。これまでの人生の中で雪の降る地域で暮していたことはあり、毎朝、氷点下まで下がる掲示板を見ながら会社まで通っていたこともあったが、一日中凍るということはほとんどなかった。
また、雪の上では何度も事故をしていたため、あまり良い思い出もなかった。更に状況を悪くしていたのが、自分が警察や探偵やスパイに狙われていることであった。沖縄にいる間も事故を誘うような工作があり、それがこの凍り付いた世界で行われたら、自分は避けられないだろうなと思った。
雪の景色を見ながら、これからどうしようかと思案に暮れた。ほぼノープランでここまで来ており、車も運転できないとなるとやれることが限られるなと思った。ただし、網走は広く、そこからいろんな場所へと移動することも可能だったため、それなりに楽しめることは残っており、それなりに時間も過ごせそうであった。
とりあえずは街中を回って、その間に次に何をするか考えようと思った。それに、自分がどんな環境に置かれているかを理解する必要もあった。道東に着いた当日から例のノイズは始まっており、幸先は良さそうではなかったが、実際にどのように扱われるかは全く想像できなかった。
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