島の生活環境は独特である。特に、それは小さな島では特徴的である。沖縄本島ほど大きくなると別だが、それ以外では基本的に島の結束は強い。それは島の人間関係が密接に繋がっているからである。

 

 日本の山間部の集落でも似たようなところがあり、人間関係が都会よりも密接であるが、それでも島の結束感は独特である。単に人と人との距離が近いという以上に、価値観のかなりの部分を共有している。とは言え、全ての日本の島において価値観は日本的であるため、日本人であれば普通だと感じる価値観であるが、それ以外の人には理解できないところがあるかもしれない。

 

 その価値観の中で人を陥れることは忌避されている。それは日本のどこの島に行っても変わらず、ほとんどのところでそのような行為は認められていない。もちろん、日本の他の地域に行ってもそのような行為は認められていないが、誰かがそのような行動を採っても、それを非難することもない。

 

 そのような反社会的な志向を持った人は確率的に存在し、それは島であろうがどこであろうが変わらないが、島でそのような行動を取ると瞬く間に島中に広まる。それは島の大きさに依存するが、小さくなれなるほど島の人間関係は狭くなり、非道徳的な行動が許容される余地がなくなる。つまり、価値観から逸脱する行動は具体的に批判される。

 

日本の山間部でもそのような行為に対する批判は存在するかも知れないが、外部から人が容易に入れる。また、山間部では集落内でそのような情報が共有されたとしても、その集落は島1つと比べると圧倒的に小さい。つまり、島の共同体の形は独特である。

 

 そのためもあって、島で工作を行うのは簡単ではない。それは現地の人を工作に利用し難いからである。ほとんどの人が価値観に反する行動を取りたがらず、また、警察の権威がそこまで通用する状況でもないため、スパイの工作活動をほぼ全否定しても島では暮していける。

 

 結局、工作活動にどう向き合うかは個々人の問題だけではなく、島全体の問題になる。もちろん、実際には個々人が工作に対する協力を考えることになるが、それを決める際には島にとってどういう意味を持つかを考える必要性も出てくる。そのため、自分が島にいる間は、スパイは自分が島にとって危険人物であるという工作も同時に行う必要性に迫られていた。その意味でも、島における工作はCIAでも公安でも簡単には行えなかった。

 

 

ご一緒に、ご覧ください。

http://ameblo.jp/multifractal/entry-12193715337.html