前回、このままだと日本の社会保障制度は破綻を来たすので、税と社会保障の一体改革が必要なんだという趣旨のことを書きましたが、そもそも振り返ってみると、制度設計の時点から制度は破綻への運命があったような気がしてなりません。


社会保障関連支出の中で一番大きいのは年金で、これは国庫から二分の一拠出になることが決まっているので、もっと増えていきます。日本の年金は一見保険の仕組みのように見えますが、実はそうではないです。修正積立方式とは積み立てものが返って来るとは限らない仕組みです。


そもそも年金制度を作ったときに、その時点の高齢者を制度の中に取り込んでいます。最初から積み立てていない人が制度に組み込まれているわけですね。これに賃金スライドで給付が決まっていたので、積み立てで賄えるはずは本来的にはないです。


ただ、人口が永遠に増え続けると、表面上は積み立てで賄えるように見えます。要するに、最初に入った人の分を後から入った人が支えるので、そう見えるわけですね。まぁ、これを端的に表現すると、ねずみ講ということですね。


とは言っても、この功罪を問うのは難しいですね。その時点では、高齢者の生活をどうやって支えるかは重要な課題であっただろうし、今でもそういう側面はあると思います。


その後、人口が成長し続けたことと、バブルのミラクルがあったので、80年代後半には年金の積み立て不足の問題が解決されたように見えました。ただし、この時点で、例えば、国鉄の従業員の年金を統合する等の施策もしているので、制度設計に根本的な問題があることは十分理解されています。ちなみに、高齢者の医療問題に関しても、この頃には問題になりだしています。


で、問題はバブル崩壊ですね。ここから数年後には年金の問題がまたフォーカスされます。ここから先は問題の根本的な解決を先送りして、小手先のことが増えていきます。スライド制を変えたり、年金の支給開始年齢を変えたり、ABOからPBOへの変更を受けて厚生年金の代行部分返上等を進めていくわけですね。ただし、根本的な解決は常に先送りしているわけです。若年者にとって一番メリットがあり得るのは確定拠出型年金の導入ですが、ただし現状の年金制度からの完全な変更をされるわけではないので、結局のところ、後から制度に参加した人が一番損をする仕組みになっています。


まぁ、深く考えなくても、ねずみ講だと思えばいいです。ねずみ講が続かなくなると、政府からの支出を増やして、その支出を国債から調達するわけですね。それでその調達に内需拡大で将来の税収増につながるという訳の分からない理屈をつけるんです。そして、その国債を返済するのは、年金制度に後から入った人たちと同じ人たちということになります。


まぁ、そう思うと、若年者で年金を払わない人がいても当たり前のような気がします。個人的には払っていますが、自分の手元にあって自分で運用した方がよっぽどマシだとは思っています。ただ単に、現在のお年寄りに敬意を表して払っているだけです。


ちなみに、もう一度バブルが来ても、この積み立て不足の問題は解決しないと思います。今の長期金利が低すぎるので、株式市場がバブルの値段に戻ったとしても、積み立て不足のままだと思います。金利感応度とインフレが起こった際の給付レベルがどうなるかを計算してみないと分かりませんが。


どういう制度設計にするのかは分かりませんが、与謝野さんが主張する全てを社会保険方式というギミックのままで維持するのは難しいと思いますが、どういうものを出してくるのか気になります。個人的には積み立てで維持可能な部分と、基礎部分の政府拠出とその部分の年金廃止の方が若年者のコストが税率だけに還元されるので、分かり易くて好ましいです。その拠出部分を消費税で賄うと、高齢者間の所得移転的側面が出てくるので、そういう風に自己解決の側面も出して欲しいです。