今日は読書感想文でも書いてみます。
趙紫陽の「趙紫陽 極秘回想録」はなかなか読み応えがあります。最後の方は間延びしていますが、彼が出世の道筋や天安門事件のあたりは読み応えがありますね。この本は彼が失脚した後に、天安門事件を中心に自分の政治生活を書いた本です。もちろん、中国では発禁です。
彼の回想録なのでメインスポットは彼自身ですが、人治と法治の話は興味深いです。単純に言うと、人治は人による支配で法治は法による支配です。日本を含め、欧米を中心として、法の支配が今のメインストリームです。法治国家ということですね。それに対して、少なくとも当時の中国では法の支配がなかったということを彼は主張しています。
つまり、1988年後半から89年前半には彼は失脚への道へと進んで行き、天安門事件の時点までには彼は主席から下ろされることは決まっていたわけです。ところが、この決定は国のルールに基づいたものではなく、元老を中心とした一部の有力者が決定したものであって、法のルールに基づいてなかったということを叙述しています。
面白いことに、1949年に人民共和国が成立して以来、何人かのリーダーが失脚してきましたが、一部のリーダーはその後に同じ問題を指摘しています。法の支配がないと。反右派闘争にせよ、文化大革命にせよ、結局、当時の有力者が人治によって追放されていくわけです。そう思うと、趙紫陽の意見はより真実に近いとしても、彼も人治の中で頭角を顕してきたわけで、最後にはしごを外されて法治がないというのも、気持ちは分かるが如何なものかとは思ってしまいます。
そもそも中国で法治は成り立つのか疑問ですよね。歴史的に見たときに、ほとんどの王朝で皇帝が生殺与奪権を握っていたわけで、権力は一極集中になってます。法治のように法を制定する人と執行する人と管理する人がばらばらになってはいないわけです。この本の中に印象深い話があって、鄧小平はアメリカ的なチェックアンドバランスには反対しています。意思決定が遅くなるのと、体制が不安定になるからですが、何をか言わんという感じですね。つまり、本質的には現状も歴史の延長線上にあって、ただ一族による支配権の受け渡しがなくなったという差しかないのかもしれません。
胡錦濤も法治の徹底を訴えていますが、その意図は良いにしても、実行できるはは難しいでしょうね。裁判官も検察官もほぼ共産党員なわけで、国家的な枠組みとは別の共産党内の権力構造を打破して、法治を徹底できるとは思えないです。胡錦濤にしても、共産党の存続は法治よりも重要な目的なわけですから。
趙紫陽の「趙紫陽 極秘回想録」はなかなか読み応えがあります。最後の方は間延びしていますが、彼が出世の道筋や天安門事件のあたりは読み応えがありますね。この本は彼が失脚した後に、天安門事件を中心に自分の政治生活を書いた本です。もちろん、中国では発禁です。
彼の回想録なのでメインスポットは彼自身ですが、人治と法治の話は興味深いです。単純に言うと、人治は人による支配で法治は法による支配です。日本を含め、欧米を中心として、法の支配が今のメインストリームです。法治国家ということですね。それに対して、少なくとも当時の中国では法の支配がなかったということを彼は主張しています。
つまり、1988年後半から89年前半には彼は失脚への道へと進んで行き、天安門事件の時点までには彼は主席から下ろされることは決まっていたわけです。ところが、この決定は国のルールに基づいたものではなく、元老を中心とした一部の有力者が決定したものであって、法のルールに基づいてなかったということを叙述しています。
面白いことに、1949年に人民共和国が成立して以来、何人かのリーダーが失脚してきましたが、一部のリーダーはその後に同じ問題を指摘しています。法の支配がないと。反右派闘争にせよ、文化大革命にせよ、結局、当時の有力者が人治によって追放されていくわけです。そう思うと、趙紫陽の意見はより真実に近いとしても、彼も人治の中で頭角を顕してきたわけで、最後にはしごを外されて法治がないというのも、気持ちは分かるが如何なものかとは思ってしまいます。
そもそも中国で法治は成り立つのか疑問ですよね。歴史的に見たときに、ほとんどの王朝で皇帝が生殺与奪権を握っていたわけで、権力は一極集中になってます。法治のように法を制定する人と執行する人と管理する人がばらばらになってはいないわけです。この本の中に印象深い話があって、鄧小平はアメリカ的なチェックアンドバランスには反対しています。意思決定が遅くなるのと、体制が不安定になるからですが、何をか言わんという感じですね。つまり、本質的には現状も歴史の延長線上にあって、ただ一族による支配権の受け渡しがなくなったという差しかないのかもしれません。
胡錦濤も法治の徹底を訴えていますが、その意図は良いにしても、実行できるはは難しいでしょうね。裁判官も検察官もほぼ共産党員なわけで、国家的な枠組みとは別の共産党内の権力構造を打破して、法治を徹底できるとは思えないです。胡錦濤にしても、共産党の存続は法治よりも重要な目的なわけですから。
そう思ってこの本を読むと、より一層興味深くなります。