良く良く考えてみると、私たちは何もない時代から何でもある時代までの全てを知っている特殊な世代だと気が付いた。
 
昭和の戦後生まれ。勿論戦争は知らない。
 
昔流行った歌に「戦争を知らない子どもたち」という歌があり、そのグループの一員で今は精神科医になった北山修が本まで書いた。
 
何故かその本が私の本棚に鎮座していたので、当時買ったのだろうけど中身は全く覚えていない(笑)
 
私たちは戦争を知らないけど、私が育ったその当時の周りの大人たちは、親を含めて全員戦争を経験した世代だった。
 
私たちは、そういう大人たちに育てられてきた。

そのせいか、この時代の子ども教育は軍隊式が随所に見られて、精神論さえまかり通っていた様な気がする。

最近のS N Sで騒がれている、芸人の「アツシ」が高級鰻屋でキャップ🧢をハスに被り、肘をついている姿が写っていたが、私たちの頃は女性の場合つばの付いた帽子はファッションの一部だけれど、男性は室内では脱帽すべきだと教わった。

軍隊式でも、入室する場合には帽子を脇に挟んでいる。

私から見るとやった本人は育ちが悪いとしか思えないが、本人がそれで良いと思っているのだから、誰がどう指摘しても仕方が無いだろうね。
 

小学校時代。当時は46人学級だったしクラスが六つあったので、教室内はいつもキチキチだったし、当時の同級生全員の顔は覚えていない。

その教室の後ろには、帽子を掛ける場所があった。
 
中学校では似たようなクラス編成の人数で11クラスあった。

直ぐに帽子は被らなくなった(笑)
 
1970年当時の高校への進学率は約80%
 
高校進学率が約90%を超えるのには、それからもう暫くかかった様に思う。

戦後から80年代頃になる迄は、集団就職で上京する中学生が全国に沢山おり、専用列車まで運行されていたようだ。
 
今の世代は あっと驚くかも知らないが、テレビや冷蔵庫、洗濯機のない時代に生まれた。

テレビは「美智子様がご成婚」を機会に少しずつ普及して、64年の東京オリンピックでかなり広がった。

その頃小学生だった私は、地元の名士の寄付により、各クラスに贈られたテレビで、オリンピック番組をカラーで観ることが出来た。
 
テレビ番組は今の様に日曜日の朝はやっていなくて、テストパターンばかりが映っていた。
 
冷蔵庫が我が家に来た時に、扉を開けて涼んでいたら叱られた事を思い出す。
 
クーラーなんて勿論ない時代。

夏は扇風機と団扇で乗り切った。

多分、昔は今ほど暑くは無かったのだろう。
 
車はお金持ちしか乗ってはいなかったし、道路は舗装されていなくて車が走ると砂煙が舞った。
雨が降ればあちこちに水溜りができていた。

宣伝用の飛行機が飛ぶと

「ビラまけー」と、叫んで飛行機を追いかけた。

時々は本当にビラが撒かれて、何枚かを手に入れたこともあったが、興味がなくなると直ぐに捨てたような気もする🤭

兎に角のんびりした時代だった。