蘇我の趙くん | ヨンさまブログ

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とある焼肉屋のおやじです。

焼肉を愛する皆さん

ごきげんいかがでしょうか?

下北沢焼肉JUNのヨン様です、



もうね、びっくりした、マジで

夢でも見てるかと思った、

あの蘇我の趙くんが

「ヨ!元気か?」

と店に顔を出した、

会うのは同窓会以来、

わざわざ顔を出してくれるなんて、

本当にうれしい!


・・・・・・・



あれは1969年の春、一年生のとき

ヨン少年の席のとなりは趙君、

当時、サウンドオブミュージックの

トラップファミリーを目指していた

うちの母親は子供たちに両親を

「パパ、ママ」と呼ばせていた、



「ママが~」と私がいうやいなや趙くんは

「お~い!みんな!こいつママだってよ!」


「ボクが~」というと

「お~い!みんな!こいつボクだってよ!」

当時の朝鮮学校で「ママ」や「ボク」という言葉は

自殺行為に等しかった、


クラス全員の笑いものになって以来

40年以上トラウマを引きずるワタクシ、

ちびまるこちゃんのハマジを見るたびに

ワタクシは趙くんを思い出す、



彼は運動神経抜群で体も大きく

クラスでは花形的な存在だった、

ワタクシはといえば、

クラスで一番小さく

朝礼の「前へならえ」ではいつも

勝ち誇ったウルトラマンのように

最前列で両手を腰にあててる目立たない子、

運動よりも

伝書鳩の登録用足環の種類とか

カレイやヒラメの種類、生態にくわしいそんなタイプの子であった、



6年生のとき、

五井のP君が

「あいつのスゲーんだぜ!」と、

ヨン少年の耳元でささやいた、


趙くんがトイレに行くのを見計らい

ヨン少年も何食わぬ顔でついていく、

趙くんの社会の窓から見える光景に

少年は絶句した、

まさにアマゾンの熱帯雨林!

世界中から森林が消えていると当時から言われていたが、

趙くんのそれは、そんな世界の心配を吹き飛ばすのに充分だった!


その熱帯雨林から「オ~ブロゾ~」と出てくる黒い物体ナゾー!

未知との遭遇!

彼のそれは、もはや6年生の常識を突き抜けていた、

ランクが一つや二つ上とかいうそんな生易しい物ではなかった、、


いまだ砂漠化状態&ポークビッツ的なワタクシに

「ワハハハハハハ!ワハハハハハ!」と、

誰かの笑い声が聞こえたような気がしたものである、

まさに黄金バット!(←これな、色んなのに掛けてるからな)



以来、彼はクラスの人望を一身に集め、

ファッションリーダーとして40年経った今でも

同級生を牽引しているのだ、




クラスの男子全員が

「趙くんを見習おう!」と号令をかけ、

大人への階段を一気に駆け上がったのである、