自分は今まで「嫌なら見るな」というネットでよく見るフレーズについて
この文句ってものすごく理不尽だよな、とずっと思っていたので
ブログでもこれに関する記事を書こうと思っていたのだけど
ニコニコ大百科の記事
にて、既に自分の言いたいことがかなりわかりやすく集約されていたので
ブログで書く必要が無くなってしまった。
なので上の記事を是非読んでみていただきたいです。
要は単純な話で
別にその作品の全てが嫌と言っているわけでないのに
「嫌なら見るな」で片付けられるのはおかしいということで。
でも要はこの言葉は
アンチに対して血が昇って頭が回らなくなって
考えもなしに「嫌なら見るな」と、無意識に直感的に発せられた言動だと思っているので
そう言った視点で見れば「ああこの人は怒りのあまり周りが見えなくなってるんだな」と
スルーできるようになっていたため、特段気にすることもなくなったのです。
そもそもこの「嫌なら見るな」は「文句言いながらも見てる人」に対して投げかける言葉であるわけですが
「文句言いながら見てる人」にも擁護すべきタイプとそうでないタイプ、いろいろなタイプがいますよね。
その作品等に対して不満点はあるけど、その作品自体はなんだかんだで好きだったり
改善して欲しいからこそ意見、批判をする人。
実際はこのタイプの人が大半でしょう。
ワンピースアンチにはこの手の人が多いです。
ただ批判するにも言い方が悪いのはよくないですよね。
「この作品のこういうところマジで糞だ、むかつく」などとほぼ中傷レベルの口調だと
周囲もそんなコメントを見ているほうが気分が悪いし
それに対して逆上して「嫌なら見るな」と言ってしまう人が出てきてしまうのも
しょうがないことなのかもしれません。
とりあえず、やはりこの言葉については深く考えるだけ無駄ということでしょうか。
さすがに昔、某所であるグループに属していた人が
そのグループに対して至って紳士的な口調で「ここのこういうところ直して欲しい」と言った時に
「嫌なら辞めろ」と言った人がいたのは驚きでしたが。
文句、意見あるなら帰れ状態。
そういった事例を見るとやはり問題ある言葉だなあと改めて考えてしまいます。
「うp主の好きなようにやってくれればいいよ」と言ってくださる方の存在が一番ありがたい。
やるゲームを選ぶ時に、誰にでも「ここを特に重視する」という基準があると思います。
その基準を大まかに5つに分けるとしたら
「システム」「キャラクター」「音楽」「シナリオ」「グラフィック」が5大要素になるのではないかと個人的に考えております。
他にも「ゲームバランス」とか「自由度」とか色々あるし
とにかく純粋に「面白さ」だけを重視するって人もいるかと思いますが
ここではとりあえず上記に挙げた5つの項目を基準にしていきたいと思います。
そこで、自分がそのゲームを評価する基準は
キャラクター>システム≧音楽>シナリオ>グラフィック に大体なってる気がします。
ただ、ジャンルによって変わってくることもあるので一概にこれだけとは言えませんが。
たとえば、RPGだったらシステムとシナリオの位置が逆になることもあります。
しかし実際、自分の場合は本当にこうなのです。
俺はキャラクターの魅力というのは本当に大事だと思っていて
たとえばアクションゲームにしても操る主人公がいけすかない感じだったら
もうそれだけでやってても楽しくなくなるし
格ゲーなんかは使いたいと思うような魅力のあるキャラクターがいなかったらそれだけで
どのキャラも使う気がしないの軽く詰みます。
とくに自分の場合、キャラにかなり愛着を持たせるタイプなので
特定のキャラクターをひいきする傾向があります。
RPGなんかはそういう遊び方が最も楽しいと思っているのです。
俺はアークザラッド2というRPGのリーザという女の子のキャラが大好きで
このリーザ、はっきり言って弱めのやつで
アーク2は毎回戦闘ごとにどのキャラを出すか選ぶ方式なんですが
リーザを1回出すともう外すのが落ち着かなくて
ほぼ10割戦闘に出してました。
このゲームはレベルが1000までいっちゃうゲームで、
他のキャラが100前後をうろついている中でリーザだけ300とかいってました。
話がだいぶふくらみましたが、そんな感じでキャラについてはかなり重視する方なのです。
どんなに面白いゲームだとしても、好きなキャラクターがいなかったらすぐ飽きるし
音楽がイマイチだったらプレイしててもなんか微妙に燃えなかったりします。
俺が好きなとあるRPGがあるのですが
すごく面白いゲームで、キャラも個性的でかなりハマったのですが
唯一、音楽が好きになれないというのがネックで
そのせいかあまり何周もしようという気にはなれないゲームでした。
どのゲームなのかは言うとなんかめんどくさいことになりそうなので言いませんが。
逆に音楽がいいゲームは、一度飽きたとしてもその音楽を聴くためだけにやりたくなることもあります。
ロックマンシリーズ(Xシリーズも含む)なんかは特にその例で
ロックマンはガチでゲームサウンドにおいて最高峰だと思っているので
名曲の数々を聴くために何度もやりたくなるのです。
他にも星のカービィシリーズやスクウェアのRPGなんかもそうですね。
だから自分は音楽もかなり重視してます。
だから音ゲーが好きなジャンルなのかなとも思います。
音ゲーはいわば「ゲームをプレイする」と「音楽を聴く」の両方を目的としているわけなので
枯渇することがないのでしょう。
ちなみに、キャラ、システム、音楽、シナリオ、グラフィック全てにおいて優れていたゲームは何かと言われたら
俺はタクティクスオウガを挙げます。
練りに練られた重厚感溢れるシナリオに音楽、シナリオを彩る個性的なキャラ達、親しみやすいグラフィック。
どこをとってもスキが無いです。
ゲームバランス的にはちょっとアレな部分もありましたが(全然役に立たないキャラがいるとか)
バランスを自分である程度自由に調整して難しくしたり簡単にもできるので
その辺もすごく秀逸なゲームだったなと思います。
昔よくゲームレビューとかやってたので、今また何かのゲームの感想書いてみたりするのもありかも。
ライブアライブの記事は以前書いたけどね。
その基準を大まかに5つに分けるとしたら
「システム」「キャラクター」「音楽」「シナリオ」「グラフィック」が5大要素になるのではないかと個人的に考えております。
他にも「ゲームバランス」とか「自由度」とか色々あるし
とにかく純粋に「面白さ」だけを重視するって人もいるかと思いますが
ここではとりあえず上記に挙げた5つの項目を基準にしていきたいと思います。
そこで、自分がそのゲームを評価する基準は
キャラクター>システム≧音楽>シナリオ>グラフィック に大体なってる気がします。
ただ、ジャンルによって変わってくることもあるので一概にこれだけとは言えませんが。
たとえば、RPGだったらシステムとシナリオの位置が逆になることもあります。
しかし実際、自分の場合は本当にこうなのです。
俺はキャラクターの魅力というのは本当に大事だと思っていて
たとえばアクションゲームにしても操る主人公がいけすかない感じだったら
もうそれだけでやってても楽しくなくなるし
格ゲーなんかは使いたいと思うような魅力のあるキャラクターがいなかったらそれだけで
どのキャラも使う気がしないの軽く詰みます。
とくに自分の場合、キャラにかなり愛着を持たせるタイプなので
特定のキャラクターをひいきする傾向があります。
RPGなんかはそういう遊び方が最も楽しいと思っているのです。
俺はアークザラッド2というRPGのリーザという女の子のキャラが大好きで
このリーザ、はっきり言って弱めのやつで
アーク2は毎回戦闘ごとにどのキャラを出すか選ぶ方式なんですが
リーザを1回出すともう外すのが落ち着かなくて
ほぼ10割戦闘に出してました。
このゲームはレベルが1000までいっちゃうゲームで、
他のキャラが100前後をうろついている中でリーザだけ300とかいってました。
話がだいぶふくらみましたが、そんな感じでキャラについてはかなり重視する方なのです。
どんなに面白いゲームだとしても、好きなキャラクターがいなかったらすぐ飽きるし
音楽がイマイチだったらプレイしててもなんか微妙に燃えなかったりします。
俺が好きなとあるRPGがあるのですが
すごく面白いゲームで、キャラも個性的でかなりハマったのですが
唯一、音楽が好きになれないというのがネックで
そのせいかあまり何周もしようという気にはなれないゲームでした。
どのゲームなのかは言うとなんかめんどくさいことになりそうなので言いませんが。
逆に音楽がいいゲームは、一度飽きたとしてもその音楽を聴くためだけにやりたくなることもあります。
ロックマンシリーズ(Xシリーズも含む)なんかは特にその例で
ロックマンはガチでゲームサウンドにおいて最高峰だと思っているので
名曲の数々を聴くために何度もやりたくなるのです。
他にも星のカービィシリーズやスクウェアのRPGなんかもそうですね。
だから自分は音楽もかなり重視してます。
だから音ゲーが好きなジャンルなのかなとも思います。
音ゲーはいわば「ゲームをプレイする」と「音楽を聴く」の両方を目的としているわけなので
枯渇することがないのでしょう。
ちなみに、キャラ、システム、音楽、シナリオ、グラフィック全てにおいて優れていたゲームは何かと言われたら
俺はタクティクスオウガを挙げます。
練りに練られた重厚感溢れるシナリオに音楽、シナリオを彩る個性的なキャラ達、親しみやすいグラフィック。
どこをとってもスキが無いです。
ゲームバランス的にはちょっとアレな部分もありましたが(全然役に立たないキャラがいるとか)
バランスを自分である程度自由に調整して難しくしたり簡単にもできるので
その辺もすごく秀逸なゲームだったなと思います。
昔よくゲームレビューとかやってたので、今また何かのゲームの感想書いてみたりするのもありかも。
ライブアライブの記事は以前書いたけどね。
前に某所でふざけてキングボンビーのことを田村ゆかりって呼んでたら色んな人に本気で怒られたけど
爆弾岩のことを宮里愛って呼んでも誰も何も言わないな。
爆弾岩のことを宮里愛って呼んでも誰も何も言わないな。
☆この記事は昔、某所に書いて反響があった記事を若干加筆修正しながら書いたものです。
この世には「面白い人」と言われる人間が多く存在する。
誰の周りにでも「あの人は面白い人だよ」と評される人間がいるだろう。
しかしただ「面白い人」と一言に言っても、その人が如何にして周囲から「面白い」という評価を受けるに至ったかという道程は様々だ。
その人の笑いに関する観点や傾向など、あらゆる面で面白さのタイプは千差万別。
場合によってはタイプが違うことによって、「面白さ」が水準以上の実力を持っていたとしても笑いのツボが合わない、もしくは理解されないということもあるのだ。
というわけでこの数十年間の考察の中で、笑いのタイプは大きく分けると3種類に大別できる、という結論に至った。
ここではその3種類をAタイプ、Bタイプ、Cタイプに分けてそれぞれ紹介する。
一言で言えばA=ボケ B=ツッコミ C=天然・大ボケ と思ってもらえばわかりやすいだろう。
Aタイプ:ボケ型(万人受けタイプ)
一般的に「面白い人」の中で最も多いのがこのタイプだろう。
基本的に深く考えずに単純に笑える笑いや、知識などが無くても笑える笑いが多く
それだけに万人にわかりやすいため一般受けしやすい。
親しみやすい一発ギャグや、体を張った面白い派手な動きなどもこれにあたる。
クラスの人気者はほぼ間違いなくこのタイプ。
たとえば「誰がこのクラス(もしくはサークルなど)で一番面白いと思う?」という質問orアンケートがあったならば
確実にこのタイプの人間が上位に昇るだろう。
「主役になれる」「一番になれる」笑いなので最もオイシイ
Bタイプ:ツッコミ型(サブカル思考タイプ)
Aタイプとは対照的に一般にはやや理解されにくい。
主に持ち前の知識を利用して笑いを取るタイプ。
知的なギャグや、言葉遊び、比喩、豊富な語彙などをトークに絡めたりといった語学的な知識からなる笑いや
サブカルチャーに傾いた笑いなど、場合によっては難解であり、前提知識が必要となるものも多い。
シュールなギャグなど、万人受けしにくいものもこれにあたる。
しかしこのタイプの笑いを会得している者は大抵、一般受けする笑いの能力も持っているので
水準以上の実力を持っている人間なら周囲から「面白い人」という評価を頂けるはず。
だが一般からの評価では一番になれない"もっと評価されるべき"ダークホースである。
後から評価されることが多い。
一部の人間から評価が高くても全体的な人気はAタイプの方が圧倒的に上。
ちなみに俺のツボは圧倒的にBタイプである。
ツッコミの上手さや、「引用」「拾い」の上手さが問われる。
Cタイプ:天然・存在だけで面白い型(大ボケ・飛び道具タイプ)
キャラ勝ちタイプ。これは反則である。っていうか卑怯である。
はっきり言ってしまえば本人自体に笑いの才覚は無い場合が多い。
本人が意図せずにして笑いを取れてしまっているタイプ。
そしてこのタイプの何より恐ろしい所とは
「勝手に面白さの度合いがどんどん上がっていく」ということである。
Cタイプは周りがその面白さに気付き、それを拾い、持ち上げることによって
初めて面白さが開花する人種なのだ。
その天然な面白発言や面白エピソードなどを、誰かが拾ってネタにする事によって笑いに変えていく。
コレによりCタイプの「面白さ」が確立され、一度面白いことがわかってしまうと
周りはどんどんその「面白さ」を拾っていくので
本人の努力や自覚など全く無く、気が付いたら「ある意味一番面白い人」の位置づけになっている事も珍しくない。
ひどくなってくるとその人の言動だけで笑えるどころか出会った瞬間吹きそうになるくらいエスカレートしてしまい
こうなってしまうとCタイプは最強と化す。
だって何やっても笑い取れちゃうんだから。ずるいです。
だがCタイプという人間が面白くなるには、それ以外の人間の実力が絶対に必要となる。
つまりCタイプの人間の面白さをどうイジるか、どこに面白さを見つけるかというところが
AタイプBタイプの真価を問われるところなのだ。
Cタイプの人間はそれを試す、または実力を向上させるための材料ともなる。
というわけで、「面白さ」には如何に「本来面白くないであろうものを拾って笑いに昇華できるか」という
「笑いを拾う能力」も必要であるということだ。
なので周囲にその実力を持った人間がいないとCタイプの人間は「面白くない人間」で終わってしまうのだ。
そういう意味でもCタイプは非常に両極端な存在と言える。
以上が、「面白さ」のタイプを3種類に分けた結果である。
具体的にどういうことがわからない人もいるかもしれないが
たとえば芸人で言えばオードリーのお二人を見ていただけると理解しやすいのではないだろうか。
オードリーのボケである春日は完全なるAタイプ。
キャラのインパクトとギャグで圧倒的な存在感を放っている。
オードリーが売れ始めた頃は「春日だけ面白い」という意見も一般的にはけっこうあったのではないだろうか。
しかしいざトークやアドリブになると実はたいして面白い事が言えないことが露呈する。
だが春日のキャッチーなキャラクターが無ければオードリーは売れていなかっただろう。
対するツッコミの若林はBタイプの典型といえる。
最初は完全に春日のキャラに食われて、コンビの片割れとしか思われていなかったが
実際オードリーのネタを作っているのは春日だし
若林はトークが上手いので普段は圧倒的に若林の方が面白い。
だがBタイプという立ち居置の宿命で縁の下の力持ち的存在となる。
んで、芸人でCタイプといえばつまり狩野英考のようなやつでしょうか。
ではA,Bを両方兼ね備えた人間だっているんじゃないのか?という話になってくるが
もちろんボケだけどツッコめる人だっているしツッコミだけど天然っていう人もいる。
ただ「ベースはこのタイプ」というのが決まっている、という話です。
たとえば前に、「さまぁ~ずの三村ってツッコミだけどボケっぽいよね」と言った人がいたんですが
あれは「ツッコミベースの人のボケ」だと僕は考えています。
自分の中で本当に面白い人ってのは「ツッコミができる人」という認識なので
ツッコミという芸風をベースにしていながらのボケ、なのです。
なんか全然うまく説明できないのですが。
要は面白い人はみんなツッコミができるってことなのです。
たとえばさまぁ~ずやくりぃむしちゅーはコンビ2人ともツッコミができるから面白い。
ただ、Aタイプの人がBタイプのような笑いをしようとしても微妙になったりするし
Bタイプの人がAタイプのような「はっちゃけた芸風」をしようとするとなんか必死で見てる方が恥ずかしくなったりします。
俺なんかはBタイプの人間なので、こんなこと言うと恥ずかしいですがたまにAタイプみたいな笑いをして
ハジケようとして失笑を買うこともあります。
ちなみにニコニコの実況プレイ動画でいえば
Aタイプの実況=編集を駆使したり趣向を凝らしたプレイをしたりしてキャッチーな面白さで支持を得るスタイル
Bタイプの実況=編集をあまり使わない、トークやツッコミメインの古き良き垂れ流し実況スタイル
に大別されます。
ランキングに載る人気の動画は圧倒的にAタイプになりますね。なぜならとてもわかりやすいからです。
だから俺の動画は完全にBタイプです。たまに縛りプレイや編集もしますがベースがBってことですね。
長々と考察を連ねてきましたが納得いかない部分がございましたら是非ご意見ください。
しかしこのA.B.Cに笑いのタイプが大別されるという考察の結果は自分の中で揺るがないと思います。
自分の周囲の人間をあの人は何タイプかな?と考えてみるのも面白いかもしれませんよ。
この世には「面白い人」と言われる人間が多く存在する。
誰の周りにでも「あの人は面白い人だよ」と評される人間がいるだろう。
しかしただ「面白い人」と一言に言っても、その人が如何にして周囲から「面白い」という評価を受けるに至ったかという道程は様々だ。
その人の笑いに関する観点や傾向など、あらゆる面で面白さのタイプは千差万別。
場合によってはタイプが違うことによって、「面白さ」が水準以上の実力を持っていたとしても笑いのツボが合わない、もしくは理解されないということもあるのだ。
というわけでこの数十年間の考察の中で、笑いのタイプは大きく分けると3種類に大別できる、という結論に至った。
ここではその3種類をAタイプ、Bタイプ、Cタイプに分けてそれぞれ紹介する。
一言で言えばA=ボケ B=ツッコミ C=天然・大ボケ と思ってもらえばわかりやすいだろう。
Aタイプ:ボケ型(万人受けタイプ)
一般的に「面白い人」の中で最も多いのがこのタイプだろう。
基本的に深く考えずに単純に笑える笑いや、知識などが無くても笑える笑いが多く
それだけに万人にわかりやすいため一般受けしやすい。
親しみやすい一発ギャグや、体を張った面白い派手な動きなどもこれにあたる。
クラスの人気者はほぼ間違いなくこのタイプ。
たとえば「誰がこのクラス(もしくはサークルなど)で一番面白いと思う?」という質問orアンケートがあったならば
確実にこのタイプの人間が上位に昇るだろう。
「主役になれる」「一番になれる」笑いなので最もオイシイ
Bタイプ:ツッコミ型(サブカル思考タイプ)
Aタイプとは対照的に一般にはやや理解されにくい。
主に持ち前の知識を利用して笑いを取るタイプ。
知的なギャグや、言葉遊び、比喩、豊富な語彙などをトークに絡めたりといった語学的な知識からなる笑いや
サブカルチャーに傾いた笑いなど、場合によっては難解であり、前提知識が必要となるものも多い。
シュールなギャグなど、万人受けしにくいものもこれにあたる。
しかしこのタイプの笑いを会得している者は大抵、一般受けする笑いの能力も持っているので
水準以上の実力を持っている人間なら周囲から「面白い人」という評価を頂けるはず。
だが一般からの評価では一番になれない"もっと評価されるべき"ダークホースである。
後から評価されることが多い。
一部の人間から評価が高くても全体的な人気はAタイプの方が圧倒的に上。
ちなみに俺のツボは圧倒的にBタイプである。
ツッコミの上手さや、「引用」「拾い」の上手さが問われる。
Cタイプ:天然・存在だけで面白い型(大ボケ・飛び道具タイプ)
キャラ勝ちタイプ。これは反則である。っていうか卑怯である。
はっきり言ってしまえば本人自体に笑いの才覚は無い場合が多い。
本人が意図せずにして笑いを取れてしまっているタイプ。
そしてこのタイプの何より恐ろしい所とは
「勝手に面白さの度合いがどんどん上がっていく」ということである。
Cタイプは周りがその面白さに気付き、それを拾い、持ち上げることによって
初めて面白さが開花する人種なのだ。
その天然な面白発言や面白エピソードなどを、誰かが拾ってネタにする事によって笑いに変えていく。
コレによりCタイプの「面白さ」が確立され、一度面白いことがわかってしまうと
周りはどんどんその「面白さ」を拾っていくので
本人の努力や自覚など全く無く、気が付いたら「ある意味一番面白い人」の位置づけになっている事も珍しくない。
ひどくなってくるとその人の言動だけで笑えるどころか出会った瞬間吹きそうになるくらいエスカレートしてしまい
こうなってしまうとCタイプは最強と化す。
だって何やっても笑い取れちゃうんだから。ずるいです。
だがCタイプという人間が面白くなるには、それ以外の人間の実力が絶対に必要となる。
つまりCタイプの人間の面白さをどうイジるか、どこに面白さを見つけるかというところが
AタイプBタイプの真価を問われるところなのだ。
Cタイプの人間はそれを試す、または実力を向上させるための材料ともなる。
というわけで、「面白さ」には如何に「本来面白くないであろうものを拾って笑いに昇華できるか」という
「笑いを拾う能力」も必要であるということだ。
なので周囲にその実力を持った人間がいないとCタイプの人間は「面白くない人間」で終わってしまうのだ。
そういう意味でもCタイプは非常に両極端な存在と言える。
以上が、「面白さ」のタイプを3種類に分けた結果である。
具体的にどういうことがわからない人もいるかもしれないが
たとえば芸人で言えばオードリーのお二人を見ていただけると理解しやすいのではないだろうか。
オードリーのボケである春日は完全なるAタイプ。
キャラのインパクトとギャグで圧倒的な存在感を放っている。
オードリーが売れ始めた頃は「春日だけ面白い」という意見も一般的にはけっこうあったのではないだろうか。
しかしいざトークやアドリブになると実はたいして面白い事が言えないことが露呈する。
だが春日のキャッチーなキャラクターが無ければオードリーは売れていなかっただろう。
対するツッコミの若林はBタイプの典型といえる。
最初は完全に春日のキャラに食われて、コンビの片割れとしか思われていなかったが
実際オードリーのネタを作っているのは春日だし
若林はトークが上手いので普段は圧倒的に若林の方が面白い。
だがBタイプという立ち居置の宿命で縁の下の力持ち的存在となる。
んで、芸人でCタイプといえばつまり狩野英考のようなやつでしょうか。
ではA,Bを両方兼ね備えた人間だっているんじゃないのか?という話になってくるが
もちろんボケだけどツッコめる人だっているしツッコミだけど天然っていう人もいる。
ただ「ベースはこのタイプ」というのが決まっている、という話です。
たとえば前に、「さまぁ~ずの三村ってツッコミだけどボケっぽいよね」と言った人がいたんですが
あれは「ツッコミベースの人のボケ」だと僕は考えています。
自分の中で本当に面白い人ってのは「ツッコミができる人」という認識なので
ツッコミという芸風をベースにしていながらのボケ、なのです。
なんか全然うまく説明できないのですが。
要は面白い人はみんなツッコミができるってことなのです。
たとえばさまぁ~ずやくりぃむしちゅーはコンビ2人ともツッコミができるから面白い。
ただ、Aタイプの人がBタイプのような笑いをしようとしても微妙になったりするし
Bタイプの人がAタイプのような「はっちゃけた芸風」をしようとするとなんか必死で見てる方が恥ずかしくなったりします。
俺なんかはBタイプの人間なので、こんなこと言うと恥ずかしいですがたまにAタイプみたいな笑いをして
ハジケようとして失笑を買うこともあります。
ちなみにニコニコの実況プレイ動画でいえば
Aタイプの実況=編集を駆使したり趣向を凝らしたプレイをしたりしてキャッチーな面白さで支持を得るスタイル
Bタイプの実況=編集をあまり使わない、トークやツッコミメインの古き良き垂れ流し実況スタイル
に大別されます。
ランキングに載る人気の動画は圧倒的にAタイプになりますね。なぜならとてもわかりやすいからです。
だから俺の動画は完全にBタイプです。たまに縛りプレイや編集もしますがベースがBってことですね。
長々と考察を連ねてきましたが納得いかない部分がございましたら是非ご意見ください。
しかしこのA.B.Cに笑いのタイプが大別されるという考察の結果は自分の中で揺るがないと思います。
自分の周囲の人間をあの人は何タイプかな?と考えてみるのも面白いかもしれませんよ。
今回の記事は俺が至る所で何度も話したようなことばかりなので
「またその話かよ」と耳にタコができてる方もいらっしゃるかもしれませんが
とりあえず今年の総括ということでご容赦いただきたい。
自分にとって2012年の漢字一文字は「奇」です。
奇妙だったり、数奇だったり、奇跡的な出来事や出会いが多かったりで
なんとも奇天烈な一年間だったなあと思います。
まず今年の1月5日にお金を盗まれて「ああ、今年始まったな」と思いました。
あとは人間関係でとにかく波乱の多い一年でした。
奇妙な出会いばかりだった気がします。
職場で孤立していた時期もあったけど、ある奇跡的な巡り合わせで入ってきた人と
奇跡的なタイミングによってうまいこと仲良くなったり
でも色々あって話さなくなったり
ネットを通じても色んな人と出会いました(ここではあまり言えない事もあります)
5月に、職場に大学の頃のサークルの後輩が偶然入ってきたという奇跡もありました。
部署が違うのであまり接するタイミングは無いのですが
もともと同じ大学で顔を合わせていた人が同じ場所で働いているという奇妙な違和感に
不思議な喜びを感じました。
あとはやはりポップンミュージックとの出会いが自分の中で一番大きかったでしょう。
今年は本当にポップンに染められた1年だったなあと思います。
3月にまた変なきっかけでポップンをやることになって
それから予想以上にハマって。
今まで、自分が札幌とかに遊びに行く時って毎回服を買うために行ってて
それで服を買うついでにゲーセンに行くつもりが
気付いたらゲーセン行くだけで服は買わないみたいなパターンの方が多くなってて
生きがいが服→ポップンに完全にシフトチェンジされてしまいました。
年々、仲良く遊んでいた人が東京とかに行っちゃったりして離れ離れになって
遊ぶ人がどんどん減って。
そのことをずっと恐れていたのですが
ポップンに救われたなあと思います。むしろポップンにハマってなかったらどうなってたんだろ。
毎週、休日にポップンやりにいくのが一番の楽しみになりました。
そういう、自分の生活や遊びのスタイルが変わったのがかなり奇妙だったなと思います。
んで、人間関係で色々あったりとにかく色々へこむことがあったぶん
いろんな人に助けられたり励まされたりして
沢山の人に感謝してもしきれない1年になりました。
あと結婚式が3回もありましたね。
いとこの結婚式と、大学の頃の先輩同士の結婚式、姉の結婚式です。
先輩の結婚式で久しぶりの友人達や先輩方に出会った時に
遠くにいてもつながってる感を改めて実感できたのが嬉しかったですね。
それと同時に結婚ラッシュに戸惑いと焦りも感じましたが。
そんなこんなでまあ、どっちかといえば嫌なことの多い1年だったけど
よく思うのが、刺激が無い人生なんてつまらないし
なんにもない平和な1年間よりも、嫌なことばかりの波乱万丈な1年間の方が
思い出に残ると思うんですよね。
だから自分にとってはかなりインパクトの強い1年になったんじゃないかなと思います。
でも去年のツイッター見たら
「今年は災難ばかりだったけど刺激的なことやいいことも多くてよくわからない1年だった」と
ほざいている自分がいました。
結局一緒かいっていう。
もちろん毎年、今年はやなことばっかりだったと言っているわけではないですが
なんにしろ最後には、結果的にいい一年だったのかもなーと言っている気がします。
「またその話かよ」と耳にタコができてる方もいらっしゃるかもしれませんが
とりあえず今年の総括ということでご容赦いただきたい。
自分にとって2012年の漢字一文字は「奇」です。
奇妙だったり、数奇だったり、奇跡的な出来事や出会いが多かったりで
なんとも奇天烈な一年間だったなあと思います。
まず今年の1月5日にお金を盗まれて「ああ、今年始まったな」と思いました。
あとは人間関係でとにかく波乱の多い一年でした。
奇妙な出会いばかりだった気がします。
職場で孤立していた時期もあったけど、ある奇跡的な巡り合わせで入ってきた人と
奇跡的なタイミングによってうまいこと仲良くなったり
でも色々あって話さなくなったり
ネットを通じても色んな人と出会いました(ここではあまり言えない事もあります)
5月に、職場に大学の頃のサークルの後輩が偶然入ってきたという奇跡もありました。
部署が違うのであまり接するタイミングは無いのですが
もともと同じ大学で顔を合わせていた人が同じ場所で働いているという奇妙な違和感に
不思議な喜びを感じました。
あとはやはりポップンミュージックとの出会いが自分の中で一番大きかったでしょう。
今年は本当にポップンに染められた1年だったなあと思います。
3月にまた変なきっかけでポップンをやることになって
それから予想以上にハマって。
今まで、自分が札幌とかに遊びに行く時って毎回服を買うために行ってて
それで服を買うついでにゲーセンに行くつもりが
気付いたらゲーセン行くだけで服は買わないみたいなパターンの方が多くなってて
生きがいが服→ポップンに完全にシフトチェンジされてしまいました。
年々、仲良く遊んでいた人が東京とかに行っちゃったりして離れ離れになって
遊ぶ人がどんどん減って。
そのことをずっと恐れていたのですが
ポップンに救われたなあと思います。むしろポップンにハマってなかったらどうなってたんだろ。
毎週、休日にポップンやりにいくのが一番の楽しみになりました。
そういう、自分の生活や遊びのスタイルが変わったのがかなり奇妙だったなと思います。
んで、人間関係で色々あったりとにかく色々へこむことがあったぶん
いろんな人に助けられたり励まされたりして
沢山の人に感謝してもしきれない1年になりました。
あと結婚式が3回もありましたね。
いとこの結婚式と、大学の頃の先輩同士の結婚式、姉の結婚式です。
先輩の結婚式で久しぶりの友人達や先輩方に出会った時に
遠くにいてもつながってる感を改めて実感できたのが嬉しかったですね。
それと同時に結婚ラッシュに戸惑いと焦りも感じましたが。
そんなこんなでまあ、どっちかといえば嫌なことの多い1年だったけど
よく思うのが、刺激が無い人生なんてつまらないし
なんにもない平和な1年間よりも、嫌なことばかりの波乱万丈な1年間の方が
思い出に残ると思うんですよね。
だから自分にとってはかなりインパクトの強い1年になったんじゃないかなと思います。
でも去年のツイッター見たら
「今年は災難ばかりだったけど刺激的なことやいいことも多くてよくわからない1年だった」と
ほざいている自分がいました。
結局一緒かいっていう。
もちろん毎年、今年はやなことばっかりだったと言っているわけではないですが
なんにしろ最後には、結果的にいい一年だったのかもなーと言っている気がします。
この前の記事
の後日談というか、現状です。
職場で仲良くしてた人から嫌われてしまったということがあって
それからもう完全にあきらめてて何も進展は無いだろうと思ってたんですが
今月の6日になんとびっくり、当人ことEさんからメールがきました。
内容は、「最近気まずすぎるのが嫌だから挨拶ぐらいは普通にしたい」というものでした。
正直、気が動転しそうになって一瞬頭も真っ白になりました。
あと引っかかったのが、避けてるのはそっちの方だろとつっこみたかったのと
「挨拶ぐらいは」という一文でした。
とりあえず話しかけていいのかわからなかった、みたいなことを返信したら
「避けてたからだよね、ちょっとイライラしてて。でもさすがに今の状態は不自然だよね」と返されました。
Eさんは今まで自分の気持ちに嘘をついたり隠したりしていたので
正直に「避けてた」と言ってくれたことをこの時嬉しく思いました。
隠しようがないぐらい露骨に俺のことを避けてたので、ここで「避けてたわけじゃない」
などと言われようものならさすがに問い詰めていたところでした。
だから、イライラさせたのは自分のせいだからごめん、これからも嫌じゃなければ普通に話したい
と返したら、また時間合ったら昼飯一緒に食べようと言ってくれました。
で、最後に一文添えてきたのですが
「最近外食行く回数増えたのは、別にムカデくんを避けてるわけじゃなくてただ外食が楽しみになってるから」
とのことでした。
はっきり言うと、言い訳にしか聞こえないっつーか十中八九言い訳だと思います。
でもここでは何も言わないことにしました。
とりあえずこの時はここでメールを終えました。
これで俺は安堵したのです。
もう完全に終わったと思ったのに、まさかのあっちからの一声で気まずい状況から逃れた。
はっきり言ってずーっと空元気で職場も嫌すぎてどうしようと思っていたのですが
胸のつかえがパッと取れました。
が、そのはずなのにどこかでひっかかりが抜けない自分がいることにも気付きました。
今までのEさんの行動や態度から見て、100%安心はできなかったのです。
すると、不安の方が的中してしまいました。
たしかに挨拶は今までどおりできるようになりました。あっちも笑顔でしてくれました。
でも、毎回挨拶はこっちからしているっていうのと
相変わらずの避けてる感が抜けないのです。
で、その週に一度昼飯を休憩室で一緒に食べたのですが
明らかに態度が冷たい。仲良かった頃と比べても、まず会話の中で笑う回数が明らかに減ったし
やっぱり目はあんまり合わせてくれないし全然楽しそうじゃない。
こっちも萎えてしまい、むしろ居心地が悪くて一緒に食うのが嫌になるぐらいでした。
Eさんと数ヶ月付き合ってきてだいぶ性格がわかってきたのですが
機嫌が悪いと露骨に態度に出るんです。
で、そのことを問うと隠す癖があるんですね。その癖を見抜いたのでもう全然信用できなくなりました。
もう明らかに、うわべだけの関係。
お互い挨拶すらしない最悪の状況は免れた、と最初は思っていたのですが
これでは逆に気まずいんじゃないかってぐらいです。
そして昨日、昼休み一緒の時間になったのですが
Eさんは逃げるように外食に行ってしまいました。
というか実は、前述した1回しか結局一緒にごはんを食べてないのです。
もうだいたいEさんの思考が読めるようになってしまいました。
あのメールの「挨拶ぐらいは普通にしたい」に伏線があったのです。
会話はなくともせめて挨拶だけは交わすようにしたい、ということだったんでしょう。
現に今までだったらあっちから挨拶もしてきて、その後も普通に会話してくる感じだったんですが
今はこっちから挨拶しないと返してこないし、その後別に何もないですからね。
明らかにこっちのことを嫌ってるとわかってる人に普通に挨拶するなんてあほらしい。
俺の普通に話したいというメールに対しての「一緒にまた昼飯食べよう」もその場しのぎで、
結局は徹底的に避けてるのでしょう。
気まずいのが嫌だって自分で言っといて、そりゃないだろ。
ちょっと自分勝手すぎやしないかってさすがに思いました。
そりゃ俺がEさんを傷つけたかもしれない、でもこっちだって悪気があったわけじゃないしあやまってるのに
全然許してくれない、あんなに仲良かったのに
そこまで嫌わなくてもいいじゃないかっていうレベル。
だんだん、怒りに変わってきてしまいました。
昨日今日と、俺は今までどおり仲良くしたいのにその気持ちだけが一方通行するもどかしさで
めちゃくちゃストレスがたまり、仕事中イライラしっぱなしでした。
ここではっきりと割り切れない自分にもまた嫌気が差します。
ガツンと言ってやりたい、でも言ったら100%関係が完全に断ち切れるし
だからといって今後関係が修復することは絶対ないだろうし
どうすりゃいいんだって感じです。
とりあえずよかったのは、以前ほど自分が絶望してないところでしょうか。
今年の11月とか精神的にかなりまいってて食欲も失っていたので。
今のところこれからどう行動すべきか自分の中では答えは出てないけど
とにかくこうやってどこかで愚痴ってハッサンしてせいけんづきをおもいだすのも大事かなあと思いました。
本当にしょうもない記事でお目汚し失礼しまくりました。
次の記事で今年を振り返ったりしようかなと思います。
職場で仲良くしてた人から嫌われてしまったということがあって
それからもう完全にあきらめてて何も進展は無いだろうと思ってたんですが
今月の6日になんとびっくり、当人ことEさんからメールがきました。
内容は、「最近気まずすぎるのが嫌だから挨拶ぐらいは普通にしたい」というものでした。
正直、気が動転しそうになって一瞬頭も真っ白になりました。
あと引っかかったのが、避けてるのはそっちの方だろとつっこみたかったのと
「挨拶ぐらいは」という一文でした。
とりあえず話しかけていいのかわからなかった、みたいなことを返信したら
「避けてたからだよね、ちょっとイライラしてて。でもさすがに今の状態は不自然だよね」と返されました。
Eさんは今まで自分の気持ちに嘘をついたり隠したりしていたので
正直に「避けてた」と言ってくれたことをこの時嬉しく思いました。
隠しようがないぐらい露骨に俺のことを避けてたので、ここで「避けてたわけじゃない」
などと言われようものならさすがに問い詰めていたところでした。
だから、イライラさせたのは自分のせいだからごめん、これからも嫌じゃなければ普通に話したい
と返したら、また時間合ったら昼飯一緒に食べようと言ってくれました。
で、最後に一文添えてきたのですが
「最近外食行く回数増えたのは、別にムカデくんを避けてるわけじゃなくてただ外食が楽しみになってるから」
とのことでした。
はっきり言うと、言い訳にしか聞こえないっつーか十中八九言い訳だと思います。
でもここでは何も言わないことにしました。
とりあえずこの時はここでメールを終えました。
これで俺は安堵したのです。
もう完全に終わったと思ったのに、まさかのあっちからの一声で気まずい状況から逃れた。
はっきり言ってずーっと空元気で職場も嫌すぎてどうしようと思っていたのですが
胸のつかえがパッと取れました。
が、そのはずなのにどこかでひっかかりが抜けない自分がいることにも気付きました。
今までのEさんの行動や態度から見て、100%安心はできなかったのです。
すると、不安の方が的中してしまいました。
たしかに挨拶は今までどおりできるようになりました。あっちも笑顔でしてくれました。
でも、毎回挨拶はこっちからしているっていうのと
相変わらずの避けてる感が抜けないのです。
で、その週に一度昼飯を休憩室で一緒に食べたのですが
明らかに態度が冷たい。仲良かった頃と比べても、まず会話の中で笑う回数が明らかに減ったし
やっぱり目はあんまり合わせてくれないし全然楽しそうじゃない。
こっちも萎えてしまい、むしろ居心地が悪くて一緒に食うのが嫌になるぐらいでした。
Eさんと数ヶ月付き合ってきてだいぶ性格がわかってきたのですが
機嫌が悪いと露骨に態度に出るんです。
で、そのことを問うと隠す癖があるんですね。その癖を見抜いたのでもう全然信用できなくなりました。
もう明らかに、うわべだけの関係。
お互い挨拶すらしない最悪の状況は免れた、と最初は思っていたのですが
これでは逆に気まずいんじゃないかってぐらいです。
そして昨日、昼休み一緒の時間になったのですが
Eさんは逃げるように外食に行ってしまいました。
というか実は、前述した1回しか結局一緒にごはんを食べてないのです。
もうだいたいEさんの思考が読めるようになってしまいました。
あのメールの「挨拶ぐらいは普通にしたい」に伏線があったのです。
会話はなくともせめて挨拶だけは交わすようにしたい、ということだったんでしょう。
現に今までだったらあっちから挨拶もしてきて、その後も普通に会話してくる感じだったんですが
今はこっちから挨拶しないと返してこないし、その後別に何もないですからね。
明らかにこっちのことを嫌ってるとわかってる人に普通に挨拶するなんてあほらしい。
俺の普通に話したいというメールに対しての「一緒にまた昼飯食べよう」もその場しのぎで、
結局は徹底的に避けてるのでしょう。
気まずいのが嫌だって自分で言っといて、そりゃないだろ。
ちょっと自分勝手すぎやしないかってさすがに思いました。
そりゃ俺がEさんを傷つけたかもしれない、でもこっちだって悪気があったわけじゃないしあやまってるのに
全然許してくれない、あんなに仲良かったのに
そこまで嫌わなくてもいいじゃないかっていうレベル。
だんだん、怒りに変わってきてしまいました。
昨日今日と、俺は今までどおり仲良くしたいのにその気持ちだけが一方通行するもどかしさで
めちゃくちゃストレスがたまり、仕事中イライラしっぱなしでした。
ここではっきりと割り切れない自分にもまた嫌気が差します。
ガツンと言ってやりたい、でも言ったら100%関係が完全に断ち切れるし
だからといって今後関係が修復することは絶対ないだろうし
どうすりゃいいんだって感じです。
とりあえずよかったのは、以前ほど自分が絶望してないところでしょうか。
今年の11月とか精神的にかなりまいってて食欲も失っていたので。
今のところこれからどう行動すべきか自分の中では答えは出てないけど
とにかくこうやってどこかで愚痴ってハッサンしてせいけんづきをおもいだすのも大事かなあと思いました。
本当にしょうもない記事でお目汚し失礼しまくりました。
次の記事で今年を振り返ったりしようかなと思います。
人が人を好きになるのは、その人が自分に似ているから。
人が人を嫌いになるのは、その人が自分に似ているから。
人は自分が大好きだから、自分の嫌いなところもよく知っている。
GRAPEVINEの曲の中で俺が一番好きな「きみが嫌い」という曲の出だしのフレーズ
”きみが嫌いなのさ きみもおれが嫌い
それは奇遇だ もしかして俺たちは気が合うのかもしれんね”
と、あります。
真理なんじゃないかなあと思います。
人が人を嫌いになるのは、その人が自分に似ているから。
人は自分が大好きだから、自分の嫌いなところもよく知っている。
GRAPEVINEの曲の中で俺が一番好きな「きみが嫌い」という曲の出だしのフレーズ
”きみが嫌いなのさ きみもおれが嫌い
それは奇遇だ もしかして俺たちは気が合うのかもしれんね”
と、あります。
真理なんじゃないかなあと思います。
ついに12月12日からサニーパークが一般稼動しますね。
うちの近くのゲーセンも12日から稼動予定らしいです。
俺は今日ポップン20をプレイしてきました。
おそらくこれがファンタジアのラストプレイになります。
自分はポップン20からポップンデビューしたので
今後も最も思い入れの強いポップンとして記憶の中に残り続けることだろうと思います。
ファンタジアはよかったなあ。
自分がゲーム好きでRPGを沢山プレイしてきたのもあって
20のファンタジックで中世的な雰囲気はすごく馴染みやすかった。
20っていう節目の作品だからスタッフや昔ながらのプレイヤーにとっても
記念作ということで大事な作品になったと思うし
そこにファンタジーの世界観を持ってくるっていうのが本当に絶妙でした。
ポップンクエストは賛否両論あったけども。
ハマりすぎてファンタジアのサントラも買っちゃいましたね。
発売から4ヵ月半経ちましたが今でもたびたび聴いております。
本当に、名曲揃い。
サントラでちゃんと聴いてすごく好きになった曲も幾つかありました。
本当に好きな曲ばかりなのですが特に大好きなのは
・くりむ童話
・チャイナプログレッシヴ
・バブリーディスコ
・センチ
・アッパーポップ
・ヴェラム
・ロービットサンプリング
・プログレッシブリール
・マジカルヒロイン
・ファッシネイション
・ムラクモ
とかですね。絞れてないですね。どれも捨て難い。
譜面もやってて楽しいものばかりでした。
やはり20作目ともなるとスタッフ側も譜面を作るのが上手くなっていくんでしょうか
良譜面ばかり。
ウルトラ90'sのEXとか、神譜面と言ってもいいぐらい楽しいんじゃないかなあ。
一番最高の良譜面はバブリーディスコEXだと思うけど。
そして何より、ポップンのおかげで交流の輪が広がりました。
twitterでポップンやってる人とポップントークができるようになったり
ポプともになってスコア競い合うのがすごく楽しかったり
ポップンはコミュニケーションツールの一環にもなるんだなあと思いました。
むしろ、そういう楽しみがなければここまでハマってなかったかもしれません。
今年はほんとポップン20に染められた1年だったんじゃないかな。
以前、あるフォロワーさんに言われた
「いつかできなくなる時が来るから、楽しいうちに沢山ポップンやっといた方がいい」
というアドバイスがすごく胸に残っています。
本当にその通りだなあと思います。
急に忙しくなったり、ゲーセンが無い環境に置かれることになったり
そういうことがいつ起こるかわかりませんからね。
現に先月、ポップンのやりすぎで腕を痛めてしばらくポップン謹慎なんてこともあったしねw
今でこそ腕の痛みは治り
これから来るサニパにも臨戦態勢が整いました。
サニパでもファンタジアのような思い出が沢山できればいいなと思います。
ファンタジアありがと~おつかれさまでした!
うちの近くのゲーセンも12日から稼動予定らしいです。
俺は今日ポップン20をプレイしてきました。
おそらくこれがファンタジアのラストプレイになります。
自分はポップン20からポップンデビューしたので
今後も最も思い入れの強いポップンとして記憶の中に残り続けることだろうと思います。
ファンタジアはよかったなあ。
自分がゲーム好きでRPGを沢山プレイしてきたのもあって
20のファンタジックで中世的な雰囲気はすごく馴染みやすかった。
20っていう節目の作品だからスタッフや昔ながらのプレイヤーにとっても
記念作ということで大事な作品になったと思うし
そこにファンタジーの世界観を持ってくるっていうのが本当に絶妙でした。
ポップンクエストは賛否両論あったけども。
ハマりすぎてファンタジアのサントラも買っちゃいましたね。
発売から4ヵ月半経ちましたが今でもたびたび聴いております。
本当に、名曲揃い。
サントラでちゃんと聴いてすごく好きになった曲も幾つかありました。
本当に好きな曲ばかりなのですが特に大好きなのは
・くりむ童話
・チャイナプログレッシヴ
・バブリーディスコ
・センチ
・アッパーポップ
・ヴェラム
・ロービットサンプリング
・プログレッシブリール
・マジカルヒロイン
・ファッシネイション
・ムラクモ
とかですね。絞れてないですね。どれも捨て難い。
譜面もやってて楽しいものばかりでした。
やはり20作目ともなるとスタッフ側も譜面を作るのが上手くなっていくんでしょうか
良譜面ばかり。
ウルトラ90'sのEXとか、神譜面と言ってもいいぐらい楽しいんじゃないかなあ。
一番最高の良譜面はバブリーディスコEXだと思うけど。
そして何より、ポップンのおかげで交流の輪が広がりました。
twitterでポップンやってる人とポップントークができるようになったり
ポプともになってスコア競い合うのがすごく楽しかったり
ポップンはコミュニケーションツールの一環にもなるんだなあと思いました。
むしろ、そういう楽しみがなければここまでハマってなかったかもしれません。
今年はほんとポップン20に染められた1年だったんじゃないかな。
以前、あるフォロワーさんに言われた
「いつかできなくなる時が来るから、楽しいうちに沢山ポップンやっといた方がいい」
というアドバイスがすごく胸に残っています。
本当にその通りだなあと思います。
急に忙しくなったり、ゲーセンが無い環境に置かれることになったり
そういうことがいつ起こるかわかりませんからね。
現に先月、ポップンのやりすぎで腕を痛めてしばらくポップン謹慎なんてこともあったしねw
今でこそ腕の痛みは治り
これから来るサニパにも臨戦態勢が整いました。
サニパでもファンタジアのような思い出が沢山できればいいなと思います。
ファンタジアありがと~おつかれさまでした!
ツイッターで140文字つぶやくより、ブログにたった10文字の記事を書く方が面倒に感じるのはなぜか。
まず「記事を書く」からリンクしてそのあと「記事を投稿しました。」と出るっていう一連の流れが
なんだかたいしたことじゃないのに手間に感じてしまうのが大きいんだろうな
↑これも自分がこの前ツイッターでつぶやいたツイートのコピペです
ブログの記事をコピペで済ましたいぐらいだるいでふ
なんかこう、記事を書くことが「手続き」のように感じてしまいますよね。
ツイッターって、素晴らしいんだな。
まず「記事を書く」からリンクしてそのあと「記事を投稿しました。」と出るっていう一連の流れが
なんだかたいしたことじゃないのに手間に感じてしまうのが大きいんだろうな
↑これも自分がこの前ツイッターでつぶやいたツイートのコピペです
ブログの記事をコピペで済ましたいぐらいだるいでふ
なんかこう、記事を書くことが「手続き」のように感じてしまいますよね。
ツイッターって、素晴らしいんだな。