「早く寝て明日に備える」

南無阿弥陀仏。


いい言葉です。

まじめで、健康的で、正しい。

でもな。

眠れない。

布団に入ったのに、目が冴える。


そして始まる。


「なんで眠れないんだ」

「明日まずい」

「早く寝ないと」


この時点で、もう負けです。


寝ようとしているんじゃない。

眠れない自分を責めているだけです。


身体には身体の都合がある。

体内時計がある。

眠りやすい時間がある。

眠りにくい時間もある。

それを無視して、

こちらの都合で命令する。


「明日早いから寝ろ」

身体からすれば、知らんがな、です。

ここが人間の愚かさです。

自分の身体さえ、

思い通りになると思っている。

仕事も、予定も、人間関係も、

全部コントロールしたい。

その癖で、睡眠まで支配しようとする。

でも、眠りは命令で来ない。

眠るんじゃない。

眠りに落ちるだけです。

ここを間違える。


寝ようとすればするほど、

眠れなくなる。

心配すればするほど、

頭が冴える。

まるで、スマホの電源を切ろうとして、間違えて画面を何度もタップしているようなものです。

消したいのに、自分で光らせている。

それと同じです。

休もうとしているんじゃない。

自分で起こしているだけです。


わかっていても、やめられんのです。

明日が怖い。

失敗したくない。

寝不足で崩れたくない。

だから、早く寝ようとする。

でもその不安が、眠りを遠ざける。

情けないですね。

身体を休ませたいのに、

心が身体を追い詰める。


自分も同じです。

眠れない夜ほど、反省会を始める。

あの言い方はまずかった。

明日の予定は大丈夫か。

この先どうなるのか。

布団の中で、人生会議を始める。

やめたい。

でもやめられない。


だからこそ。

眠れない自分を、まず責めない。

早く寝られない夜もある。

身体がまだ、その時間ではないだけです。

大人に必要なのは、

気合いの早寝ではない。

朝を整えること。

眠くなってから床に入ること。

眠れない夜に、自分を裁かないこと。


如来は、きちんと眠れた人だけを見ているんじゃない。

眠れずに焦る人も。

布団の中で不安になる人も。

明日を怖がる人も。

そのまま見ている。


眠れない夜も、見捨てられてはいない。


南無阿弥陀仏。