「俺が養ってきた」

この言葉、昔はそこら中にありました。

今も、口に出さなくなっただけで、胸の奥にはまだ残っておるかもしれません。

たしかに働いてきた。

たしかに稼いできた。

家も守ったつもりだった。

でもね。

それで全部見えた気になるのが、人間の怖いところです。


この記事の男の人、別に怠け者ではない。

現役時代は頑張った。

責任ある仕事もした。

お金も残した。

なのに、妻が亡くなったら生活が回らなくなった。

ゴミの日がわからない。

家計がわからない。

食器が溜まる。

惣菜が冷蔵庫で重なる。

家が荒れる。

体も荒れる。

少しきつい言い方をすれば、できなかったんじゃない。

やらなくて済んでいただけです。


これ、他人事みたいに読むと、話が浅くなるんです。

「そんなことも知らんのか」

「今どき珍しいな」

いやいや。

形を変えれば、私らも似たようなものです。

仕事をしていれば、家のことは誰かがやる。

表に立っていれば、裏方は誰かが回す。

自分が前に出ていれば、見えないところは見なくて済む。

そして、その「見なくて済んでいること」を、いつの間にか「ないこと」にしてしまう。


たとえば、冷蔵庫の中の麦茶。

気づけばいつも冷えている。

トイレットペーパーも、気づけば補充されている。

ゴミ袋も、なくなったと思ったことがない。

でも、勝手に湧いてくるわけじゃない。

それと同じで、朝ごはんも、洗濯物も、家計簿も、近所づきあいも、勝手に回っていたわけではない。

見えていなかっただけです。


人間は、自分がやったことはよく覚えている。

でも、してもらっていたことは、驚くほど見えない。

写真に写った自分の後ろの散らかった部屋にはすぐ気づくのに、その部屋を毎日片づけていた人の苦労には、なかなか気づかない。

そういうものです。

しかも厄介なのは、これは一人の性格の問題ではないことです。

「男は外で稼ぐもの」

「女は家を守るもの」

「それが役割分担だ」

そういう空気の中で生きてきたら、見えなくなるのも、ある意味、自然なんです。

自然なんだけれど、その自然さが、ある日、人をぽっきり折る。

妻が先に逝った。

そのとき初めて、自分が一人では暮らせないことを知らされる。

なかなか残酷です。


しかも、こういう時、人は言うんです。

「なんで先に逝ったんだ」

その気持ちはわかります。

わかるけれど、その言葉の中にも少しだけ、甘えがあります。

失ったんじゃない。

支えてもらっていたことを、初めて知っただけです。

ここ、かなり痛いですね。

でも、たぶん本当です。


わかっていても、やめられんのです。

見ようとしない。

任せる。当たり前にする。

そして失ってから、ようやく気づく。

人間というのは、ほんとうに遅い。

ありがたい時には拝まず、なくなってから泣く。

情けないけれど、私もそうです。


だからこそ、です。

ちゃんと見える人間になってから来い、ではない。

家事も暮らしも人づきあいも完璧にこなせるようになってから来い、でもない。

見えていないまま。

支えられていることにも気づかぬまま。

それでも「俺が養ってきた」と思い上がってしまう、そのままの私に。

それでも来てくださっているはたらきがある。

お前は何も見えておらんぞ、と知らせながら、それでも見捨てず、そばに来てくださる。

それが如来の回向ということでしょう。

失ってからしかわからぬ私。

手遅れになってようやく頭を下げる私。

そんな私を、そのまま抱えてくださる。

「生かしてきたのは、お前ではないぞ」と。

その声を聞くところに、ほんとうの老後の備えも、ほんとうの人生の出発も、あるのかもしれません。


南無阿弥陀仏。