「もう、戻れんのよ。売るわ」

この一言、ちょっと重くないですか。

分かってるんです。

戻らないことも、使わないことも。

でも、それでも残してしまう。

👉 手放せないのは、必要だからじゃない

南無阿弥陀仏。

どこかで、分かっていた話でもあります。

「いずれ考える」

これ、よく使いますよね。

自分も使う。

今じゃない。まだ困ってない。

だから、先に延ばす。

でも実際は、

👉 困っていないから残してるんじゃない

  手放したくないだけです

思い出がある。家族の時間がある。

そこに、誰もいなくなっても、何かが残っている気がする。

冷蔵庫の奥にある、もう食べないと分かっているもの。

期限も切れてる。

味も落ちてる。

でも、捨てられない。

「まだいけるかも」

あれと同じです。

👉 価値があるから残してるんじゃない

  捨てるのが怖いだけです

売れば終わる。区切りがつく。

もう戻らないことが、はっきりする。

それが、怖い。

だから、持ち続ける。

維持費を払いながら。誰も住んでいない家に、毎年お金を流しながら。

これ、責められないです。

自分も同じです。

終わったものを、終わったと認めきれない。

👉 手放せないんじゃない

  認めたくないだけです


わかっていても、やめられんのです。

でも、そのままだと、

👉 ゆっくり削れていく

お金も。

気持ちも。

そして最後に、どこかで決める。

「もういいか」と。

最初から分かっていたことを、

時間をかけて受け入れる。

だからこそ。

その時間も含めて、その迷いも含めて、

無駄じゃない。

すぐに手放せない自分。

決めきれない自分。

それもそのまま、もうすでに、見抜かれている。

無理に割り切らなくていい。

でも、ずっと握りしめたままでもいられない。

その間で揺れている自分ごと、抱かれているのかもしれませんね。

南無阿弥陀仏。