「あー、どうしよう」と琴子がリビングで頭を抱えている。
普段は子供たちの目もあって、深刻に悩むような行動はしないはずだが・・・。
おふくろは琴美と琴音の寝かしつけを担当しているようなので、ここで琴子に声をかけるのは俺しかいない。
親父は寝てしまっているし、お義父さんはまだ仕事場だ。
「何を悩んで居る!?」と素直に疑問を口にすると、琴子は「みーちゃん達の夏休の予定」と言った。
「・・・まだ早いだろ!?」
俺はそう言ったが、琴子はそんな事ないとばかりに「もう一ヶ月切ってるんだよっ」と俺を睨んだ。
「そういうお前の出産予定日も一ヶ月切ったな。夏休みどころじゃないだろ」と今にも生まれそうな腹を見つめると、琴子が慌てて撫でだした。
「そーなんだよねぇ。いつ生まれるか心配で、心配で」というなら、夏休みの予定なんか立ててる場合じゃねーだろうが。
「お前は出産に専念しろよ。琴美と琴音の事は俺がなんとかするから」と言ったが、琴子は首を横に振る。
「だって、みんなハワイとかグアムとかヨーロッパ行くとかって・・・」と悔しそうに絨毯を睨む。
「お前が仲良くしてる高橋さんや小西さんか!?」と聞くと、そうじゃないようでまた首を横に振った。
「ううん。まあ、最後のヨーロッパは松本姉――じゃなかった、須藤さんだけどね」
須藤裕子さんなら行きそうだな。
でも、あそこの家は清里に別荘あった気がするが・・・。
「うちは琴音も小さいし、お前も出産控えてるんだから海外は無理だろ。そんなとこで無駄な見栄張るなよ。その内・・・連れて行ってやる――とは仕事の都合上、中々言えないけど候補には残しておくから」と言うと、琴子の目が輝いた。
「いいよねー、いつか家族でハワイに行きたいの。ほら、入江くんとの新婚旅行があれだったでしょ」と言われ、俺は苦虫を潰した顔になった。
思い出したくもない。
「今度は勝手に飛び出すなよ。子連れで探し回るなんて無理だからな」と苦言を呈すると、琴子は「あれは――っ」と怒りかけたが、肝心の名前を忘れたようだ。
「えーと、誰だったっけ??」
「思い出さなくていい」と会話を一刀両断すると、「そうだねー」と笑顔で頷いてくれた。
「今度は幸せな思い出作るんだー。ほら、ハワイの夕焼けとか見せたいじゃない!?」
そう言われてもな・・・ハワイ自体にあまり良い思い出がない。
「お前の出産が近いのに、ハワイに行く前提で話を進めても現実味がない。まあ、子供たちには海は見せてやりたいな」と話に乗ると、琴子も笑顔で「だよねー」と頷き、子供のの頃は佐賀の海で目一杯日焼けしてひどい目にあった思い出話を披露された。
そこ、綺麗な思い出を語る気はねーのか!?
「佐賀と言えば祖父さんだな」と新婚時代に行った頃の事を思い返していると「とうとう男孫、いや男のひ孫だね」と腹を撫でた。
「他の従兄弟の子に居るけどな」と言うと、琴子が頬を膨らませる。
「とうとう祖父ちゃんをギャフンと言わせられると思ったのに」って、そこに思考が行きつくのが琴子ならでは。
思わずクスッと笑って「きっともう言ってるよ」と呟くと「えっ 何を!?」と聞き返してきた。
そこは会話の流れを読めと言いたいが、琴子の脳内はきっと『立派な嫁たい』とかに変わっている事だろう。
まあ、きっとそういうのも含めて『ギャフン』とないただろうな、祖父ちゃんも。
俺ですら勝てないのが琴子なのだから。
「今年の夏とは言わないが・・・近いうちにひ孫を連れて佐賀にも行かないとな」と俺が言うと、琴子は「そーだねー」と相槌を打ちつつ、「はっ 夏休みの予定が決まらないのに、その先が先に決まった」と困った顔で呟いた。