琴子が琴美の夜泣きに付き合いながら「ねえ、入江くん」と言って来たので変わろうとしたら、泣きつかれて眠ったようで変わらなくて良いと首を横に振られた。

じゃあ琴子をそのままにして寝るか・・・という選択肢を選ぶ事も出来ない。

「さっき言いかけた事はなんだ!?」と会話の流れで聞き返したら、琴子が「えーと、何だっけ!?」と一瞬で忘れたようだった。

本当に寝てやろうかと思ったが、こういうすれ違いが夫婦の危機を招くのだとおふくろが口煩く言うから新米父としては子供と妻を残したまま寝られそうにない。

その内寝不足でイライラしそうだと思いながらも、当直から逃れられない身としては寝不足には慣れっこだった。

琴子の話を聞いてからでも余裕で寝られる。

しかも病院と違って熟睡できるのだから、文句などない。

「思い出したら言えよ。それと琴美寝かせるから、こっちに貸して」と言うと、琴子は素直に琴美を渡して来た。

最近の琴美の定位置は俺達の間。つまり真ん中。

ベビーベッドに寝せる事も出来るが、夜泣きをしている間は俺達の間に寝かせると二人で決めた。

そうじゃないと夜泣きに起きる琴子の移動距離が長くなってしまい、琴子が疲れてしまうからだ。

ベビーベッドとそんなに離れている訳じゃないが、俺達の間に寝かせるのとベビーベッドに一人寝では琴美が起きる確率が変わり、ベビーベッドに寝かせては起きてまた琴子があやすのループになり、中々寝かせられない状況が多々あった為に諦めた。

俺達の間に琴美を寝かせると夫婦の距離は遠くなるが、それも仕方がない。

昔なら『ねえ、入江くん』は誘い文句にも等しかったが、今やそれは単なる呼びかけでしかない。

誘われたなら乗ってやりたい気分だったが、呼びかけの内容を思い出した琴子からは「今日は花の日らしいのよ」とどうでも良い内容を聞かされた。

「それは昨日な。今日は8月8日だ」と言うと、琴子が目覚まし時計を手に取り「ヤダーッ いつの間に!!」と時計を睨みつけた。

琴美が泣いている間に日付を更新したのだが、それを言ったところで問題は解決しない。

「花が欲しいのか!?」と聞いてやったら、琴子は「うーん」と気の無い返事を返す。

その情報を知った時はチャンスだと意気揚々と喋る気だったみたいだが、日付が変わったと知り意欲も萎えたのだろう。

別に買えなくはないけどな・・・。

ただ、いちいち花を買ってプレゼントするのが面倒だという意味では遣りたくない。

「いやぁ・・・特に欲しい訳じゃないけど、ね。あの・・・みーちゃんに絵本を読んでたら、みーちゃんが花束を指さしてニコニコしてたのよ。それを見たら、ね!?」と言われると「琴美にプレゼントしてやればいんだな」と返事をするに決まってる。

ダメーッ あたしが欲しいの!!」と言われて、つい吹いてしまった。

そこら辺はやっぱり琴子だと思う。

「何でもない日にバラの花束は買えないなぁ」と寝転びながら琴子に言うと、琴子は「やっぱりねぇ」と落ち込む。

何でもない日を『何かの日』に変換すれば良いだけなのに、そこは気付かないらしい。

少し情報をやるかと「8月8日は親孝行の日らしいぞ」と言ったら、琴子が目を輝かせて「そっか、お義母さんにプレゼントすればいいんだ」とのたまった。

誰がやるかっむかっ

「プレゼントは別な物にしようぜ」と琴美の横から琴子を自分の方にさらったのは言うまでもない。

琴子の返事は・・・「い、今作っても今日には間に合わないよ?」だった。

間に合うよ。



薔薇の花束はしっかりと琴子の肌に咲いたのだった。

* * *
更新を忘れていた訳ではないのですが、連日の暑さからか頭が働きませんでした。
とうとう子供達も超短い夏休みに突入ですあせる
もしかしたら書ける日ないかも叫びと慌てて書きました。

日々に追われて、全然連載等手つかずなので申し訳ないですが、まだしばらくお待ちくださいませ。
せめて夏休みの間にネタを拾えたらいいなと前向きに考えてみます。