「うわー懐かしい」と琴子が声を上げるから思わず視線をさまよわせたが、これだと思える『懐かしい』物は見当たらなかった。

しかし、黙っていればしびれを切らして返答を求めてくる妻なので、いつも通りにしていると「ねえ、入江くん。懐かしいと思わない? 斗南の夏服」とのたまった。

それかよっ

「・・・過去、3年着ていた訳だから懐かしいと言えば懐かしいな」と無難な返答をすると、琴子が「そーだねー。でも、あたしは高3の思い出が一番だな」と楽しそうに話しだす。

あの頃は琴子に始まり琴子に終わるような生活で、俺は振り回された思い出しかない。

一番のインパクトは勿論琴子の家の倒壊で、俺の家に居候した事だしな・・・。

「夏服とイコールで思い出される記憶はほぼない。いつも通りの生活だったろ」と言ったら、琴子が「ブッブー。入江くんと同居がバレて大騒ぎだったんだよね」と思い出したくもない過去を思い出させてくれた。

これぞ琴子だよなと思わずため息が漏れる。

「い、入江くんは嫌だったかもしれないけど・・・」と、モゴモゴ言い訳する琴子に「嫌に決まってるだろ。あのせいでポスターと縁が切れなくなったんだからな」と言ったら「ああーーーーっ」と叫んだ。

現在、電車内。

無論、安定の大注目だ。

この騒ぎすら、慣れてしまった俺は十分に琴子に感化された様に思う。

本当に結婚してしまったんだな―――と、妙に感慨深いのはあの頃は有り得ないと思っていたものが現実になっているからだろう。

記憶力が良すぎる俺はポスター画像を易々と思い出せてしまった。

寝る位置まで完璧かよ。

すげーな、あれを描いた奴。

俺らの寝室を覗き見された様で胸がモヤモヤする。

「ふふふ。結婚しちゃったもんねードキドキ」と嬉しそうに言われると悪い気はしないから不思議だ。

それでも琴子の思い通りになったのが妙に悔しく「ああ、結婚させられたな」と嫌味で返しておいた。

「ひっど。プ、プロポー」

「ほら、下りるぞ」と声をかけて琴子のセリフを封じる。

「う、うん」と悔しそうに唇を歪めながらも素直な琴子は俺に手首を掴まれて満員の電車から滑り降りた。

夏服になろうが、暑苦しい車内に籠っているのは大嫌いだ。

「高校も近いけど、でも遠く感じる」と別方向に進む高校生の群れを見ながら感想を言う琴子はさっきの事を蒸し返そうとはしなかった。

「あれから4年も経ったんだから、遠くて当然だろ。懐かしいからって制服着るなよ」と釘を刺すと「やっ そこまでは・・・でも、入江くんと恋愛したかったなー」とかなり悔しそうに呟いた。

一瞬『今でも出来るだろ』と言いたくなったが、言ったら言ったで後が大変。

「絶対にヤダね」とお断りしておいた。

「もうっむかっ」と膨れる琴子に「高校生の頃なんか大注目だからな。ただでさえ、お前のせいで斗南と言われてるのにこれ以上の標的になるぞ」と言うと、琴子は自分の腕を抱え「む、無理ドクロ」と震えていた。

「高校なんかいい大学への受験戦争で楽しめる気分じゃないからな。大学デビューでも恥ずかしくないだろ。それに結婚は人一倍早かったんだから、今の境遇に満足しろよ」と言うと、琴子が俺の腕に飛びついて「十分、満足」と縋りつく様な目で言った。

まるで『捨てないで』と小犬にじゃれつかれている気分になる。

新婚早々捨てられるかって。

「じゃあ、俺こっちだから」

帰ったらエサ(自分)でもやろうと思ったが、残念ながら今日は忙しく琴子とすれ違いになり・・・結果、明日は明日で(日常的な)騒ぎを起こされたのだった。

* * *
ギリギリノルマ達成ーーー汗

7月の構想は全くないです。