夕食の折にお祖父さまからメトロポリタン美術館展のお手伝いを頼まれました。

普段、わたくしにそういう頼み事をなさらないお祖父さまらしくないと思いながらも、美術館展の作品を眺めるのが楽しみで快く引き受けましたわ。

もっとわたくしも遊べば良いと仰るなら、仕事の手伝いを頼まないでほしいです。

「でも、こちらの展示は見たいと思っていたので良かったです。お友達にもチケットを配って宜しいかしら」と言いますと、お祖父さまが束でチケットをくださいました。

「そうそう、先日パンダイへ行ってね。入江くんのご子息にもチケットを渡したんだよ。沙穂子と年が近いと思っていたのだが、もう結婚されていてね。それを考えると、沙穂子もお嫁に行く年になったのだねぇ」としんみりと言われましたわ。

「お祖母さまがお祖父さまの元へ嫁がれた年は今のわたくしよりも若かったと聞いておりますのよ」と言いましたら、お祖父さまは懐かしそうに「そうだったのぉ」と仰いました。

お祖母さまは政略結婚で大泉家に嫁がれましたが、お祖父さまに一目惚れだったそうですわ。

昔は色々あった時代と言っていましたので・・・きっと泣く事もおありだったのでしょう。

「沙穂子には良い婿を探さねばなぁ」と寂しそうに言う姿にもうお若くはないのだと、こちらも寂しさを感じました。

子供の頃は忙しいながらも一緒に遊んでくださいましたのに・・・。

早くひ孫の顔を見せねばとわたくしも結婚を少しだけ意識しました。



11月3日 文化の日

お祖父さまと一緒に上野にある美術館へ車で参りました。

近くには博物館や西洋美術館もあり、飽きる事なく一日楽しめる場所でわたくしも少し浮かれておりました。

お祖父さまは車中で入江さんの話ばかりなさいます。

すごく孫が羨ましい様で・・・き、期待が重いですわ。

ですので、メトロポリタン美術館展期間中にお会い出来たらとこちらも楽しみにしておりました。

パンダイ社長夫妻はおしどり夫婦で有名ですもの。わたくしも憧れますわ。

社長はお祖父さまに似てらっしゃいますが奥様は女優のように美しく、お子さん二人も奥様に似てとても素敵な方達でした。

あの年であれだけ紳士的なふるまいをされる方を射止めた女性はどなたなのかしら。

わたくしも見習いたいものです。


美術館展初日という事で、お祖父さまが予想していました通り入江さんが奥様を伴っていらっしゃいました。

奥様の顔は普段のお付き合いでお見掛けする顔ではなく、挨拶も控えめでした。

奥様とデートに選んでくださったというのが嬉しく展示の案内人を務めようと思いましたが、さすが入江さん。

天才と誉れ高いだけあって、わたくしよりも詳しかったです。

奥様に向けて解説されてましたが、奥様は「うん・・・」とか「そう・・・」だけであまり反応がなく、足がお辛そうでした。

メトロポリタン美術館展はその展示作品の多さも見どころのひとつなのですが、体調がすぐれないと厳しいのかもしれません。

入江さんが奥様を休ませると仰いましたのでお暇しようかと思いましたが、奥様が自分一人で大丈夫と言いましたので入江さんと回る事となりました。

少しお話ししたかったのです。

奥様との馴れ初めとか・・・あの、お子さんの事とか。

先輩としてのアドバイスをいただければと思っておりました。

入江さんに作品を見る合間に結婚生活の事を尋ねますと、少し照れ臭そうに「向こうの一目惚れですが、夫婦ですからお互いの立場は対等だと思っています」とはっきりと考えを教えていただきました。

わたくしは古風な考えの家で育ちましたので、その考え方は夫として素晴らしいと思います。

奥様が羨ましい。

「もしや、奥様はおめでたですか!?」と聞きましたところ、残念ながらまだだそうです。

「こればっかりはこっちが望んだからすぐに―という訳には行かないですからね」と困った顔で言われました。

「わたくしもいずれは結婚や家の継続を期待されるでしょう。その期待は重いと感じますか!?」と質問しましたら、「気にしてませんよ。琴子―妻はそういう性格じゃないから、気楽です。一生このままでも多分、俺達は夫婦でいれるでしょうね」と言われ、心から愛されているのが伝わりました。

ついつい話が弾んでしまいお引止めしてしまったところに、入江さんの知り合いの方々とお会いしました。

入江さんがご結婚されたというのは皆さんご存知の様でしたが、奥様の顔は知らなかった様で誤解されてしまいました。

中でも一人の方がわたくしの事を熱心に聞かれます。

「本当に違いますのよ。入江さんとは何度か会社主催のパーティーでお会いしただけで、奥様とも今日初めてお会いしたくらいですし。皆さんの方がお詳しいかと」とお断りしましたら、わたくしに決まった相手が居るかという質問に変わりました。

許嫁はおりませんと答えましたら、後日お祖父さまを通じてお見合いの話が舞い込みました。

入江さんと同じT大出身との事で、ご実家は裕福ではない代わりに婿に来ていただける事が決定。

入江さんご夫妻も、あれから待望の奥様の妊娠。お子さんの誕生も間近とか。

お祖父さまに「沙穂子も早く結婚してわしを安心させておくれ」と頼まれ、入江さんご夫妻の様な夫婦になりたいと結婚を決めました。

縁とは不思議なもので、わたくしもすぐ妊娠・出産し、お祖父さまはパンダイの入江社長と孫(うちはひ孫ですが)自慢し合う仲となりました。

不仲だった父と母が孫を見たさに頻繁に日本に帰って来るのですから、子供はかすがいとは本当のようですわね。

あの時、夫婦は対等なのだと教えてくださった入江さんには本当に感謝申し上げます。

わたくしも入江家の奥様を見習って夫と子供の為に美味しいお菓子を手作りする日々。

「貴方、沙樹さん、スコーンが焼き上がりましたよ」

二人は笑顔でお庭からこちらへかけっこの競争して戻ってきました。

「休日は家族と過ごすのが一番の幸せですね」

「ああ、そうだね。君と沙樹が居て僕も幸せだ」と笑顔で言われ、少し照れているところに沙樹が「ママー、早く食べたーい」と。

「はいはい、きちんと手を洗ってからね」と言いながら、主人と沙樹を洗面所へ向かわせ、わたくしは主人の為に紅茶を温めたカップに注ぎました。

* * *
何故かお嬢様目線の番外編を希望されたので書いてみました。
私が想像するに、お嬢様は入江直樹という人との出会いやお見合いがなければ深窓のご令嬢として平和に幸せに暮らせる方だと思っています。
なかなか本編では幸せな結婚生活を書いてあげられなく、番外編くらいは幸せになってほしいとこういう未来にしました。
皆さんのご希望とは異なるかもしれませんが、入江夫妻と出会った事で一人でも多くの人が幸せになれる事を願っています。