琴子に会って開口一番「どうなんだ!?」と聞いたら、はにかんだ顔で「これ」と白黒の写真を見せられる。

生まれて初めて生まれる前の子供というのを見た。

こんな世の中になってるんだな。

まだ実感が湧かなくて、時代の進化の早さに感銘を受けている俺がいる。

「あの・・・ね、このお豆みたいのが赤ちゃん・・・みたいよ!?」と言われ「ああ」とだけ返事をする。

言葉が思いつかないので、思わず琴子を壁際に追い詰めその唇を奪う。

たどたどしくも応えてくれる琴子はもう母親の身体になっていて、いつもは背中に回される腕が腹に留まったまま俺に触れる事はなかった。

夕食もおふくろ特性妊娠御膳で、やたらと鉄分押し、食物繊維押し、カルシウム押しの淡泊な味付けだった。

量は申しぶんないのだが、女と違って男は実感が全然湧かないからあっさり味に物足りない思いをする。

そういう態度が気に障ったのか、しっかりと琴子との夫婦生活を控える様に夕食時に注意を受け、裕樹をいたたまれなくさせた。

中学生なのに、まるで幼稚園児の様に午後8時に「おやすみ」と言って部屋に帰った裕樹。

琴子も妊娠したら眠くなった様で、裕樹の次にさっさと布団に入って寝てしまった。



その後、悪阻も始まりクリスマスや賀詞交換で忙しくなる両親に代わって、俺が琴子の病院に付き添った。

これからは男も女性の妊娠・出産に付き合うべきだというおふくろの持論によって、俺はパンダイ初の産前産後の育児時間短縮業務を許可された。

社長の息子は優遇されていいねと嫌味を言う奴もいたが、今は黙って耐えその分琴子と信頼関係を結ぶ時間に当てた。

俺達は仮面夫婦の時期が長かっただけに、お互いの事を知らなさすぎる。

―――と思ったのは俺だけで、琴子は一通りおふくろから聞いていた様だ。

あと、裕樹からも。

俺から特定の女性との付き合いは無いというのを聞いて安心したくらいだ。

そういえば、大泉会長に俺の経歴を語ってたな。

しかも、間違いなく。

春になり、お腹の子が女の子だと分かるとおふくろの暴走が止まらなくなった。

俺達が用意する物がないくらいの準備の良さに一体誰の子だ!?と冷ややかな目で見てしまう。

琴子の腹も大きくなって、間違いなく妊婦だ。流石にこうも大きいと妊娠させたんだなというのは実感できた。

何故ならば、夜の営みは禁止令が妊娠発覚後からずーっと続いているから。

生まれたら暴走しそうだと思っている俺とは裏腹に、琴子は俺の浮気を心配する。

こうして毎日帰って来てるのに、どこに浮気する時間の余裕があるというんだ??

「あ、あたしが、妊娠しちゃってデキないから・・・」と困った様に言われ、「しかも直樹さんってばAVも隠し持ってないのよ」とリビングで俺に向かって力説する。

お前、本人に自慢してどーすんだよっむかっ

それを聞いてコーヒーを吹いたのは裕樹の方だった。

「俺は見なくても問題ない」と言うと、琴子は「うそーーーあせる」と失礼な事を言った。

「はっ もしや、あたしが見つけられないところにでも??」
「例えば!?」

馬鹿らしいと思いつつ、琴子の反応が楽しくてついからかってしまう。

「うーん・・・もしかして、天井!?」
「ゲホゲホゲホッ」

それを聞いて裕樹がむせた。お前も難儀だな。

「誰がそんな面倒な事するか。俺は一度見たものは忘れない」と言ったら、琴子が目を輝かせて「便利~ひらめき電球」と言って来た。

「はっ もしかして、これまでの歴代AVは頭の中??」

急に不安そうにする琴子に「妻が居るのにわざわざAV見るか。必要ないもんに金をかける気もない。そんな無駄な物買うなら赤ちゃん用品でも買うよ」と言うと、琴子は嬉しそうに腕に巻き付いてきた。

「一緒に選ぶのもいいね」

「じゃあ、明日買い物に行くか!?」

子供が出来た事で、俺達の仲は急激に進展しスムーズにデートも出来る様になった。

ただし、子供が生まれるまでの話で、子連れになったら荷物や子供の状態で結局倍以上の手間と時間がかかったが。

* * *
本当はこの後3行くらいで完結なのですが、さすがにまとめすぎなので追加して明日完結します。
合計25話となります。長らくのお付き合い、ありがとうございました。