ふぐ吉に着くと、昨日の男は一生懸命玄関掃除をしながらも俺達を無視した。

琴子が「金ちゃん」と声をかけるも、わざと「あー忙しい。忙しいなー。も掃除せんと大将に怒られるわー」と棒読みで言いながら忙しそうに身体を動かしている。

「じゃあ、大将に昨日の迷惑料預けるから」と俺が言うと、金之助は俺をキッと睨んだ。

「昨日は悪かった。今日、琴子とも話し合ってこれからは本当の夫婦として生活する。もうあんたには迷惑かけない」と言ったら「アホ言うなっむかっ さんざん琴子に冷とーしとって何言うてんねん、今さら そんなんオレが許さへんで!!」と怒鳴られた。

「わしは琴子の事を高校の頃からずーっと」
「金ちゃん、ごめん!! ごめんね、あたし・・・あたし、直樹さんが好きなの」と金之助の高校からの想いを木っ端みじんに打ち砕いた。

呆然としている金之助に現金を入れた封筒を握らせ、さっさと帰宅すると自宅に大型トラックが横付けされていて笑顔の配達員が重そうにどでかいベッドを家の中に運び込んでいた。

おふくろの笑顔の理由はこれか・・・。

確かに親父にはおふくろのワガママを許容しろと言われたなと思い出し、配達員が帰るまでリビングで待機した。

その後、おふくろの案内で部屋に行くと・・・今朝まで使っていた殺風景な寝室は劇的に様変わりし、どこのラブホだよと言いたくなるリボンとレースと花柄に彩られた(今まで以上に)少女趣味全開のモデルルームに変貌を遂げていたのだった。

琴子が一言「すごっ」と息を飲んだのが印象に残った。

俺はといえば怒り心頭だったが、使わないと啖呵を切れない。

今まで使用していたベッドは先ほど引き取られた様でこれ以外のベッドは無さそうだ。

また俺の書斎に寝袋生活になったら、それこそ琴子を抱く事は出来ない。

こんな少女趣味な部屋でも唯一望みが叶いそうなベッドさえあれば文句はない。

「琴子はこの部屋で文句は無いか!?」と俺が聞くと、琴子は「な、直樹さんは!?」と聞き返してくる。

流石に『文句はない』とは言えない・・・。

「言いたいのはやまやまだが・・・俺のせいでもあるからな。これを使用せずにやり直しさせたら倍額以上の金がかかる」と言ったら、琴子は「も、も、も、文句ないです!! すっごい、素敵。お義母さん、ありがとうございますぅ」と礼まで言った。

よし、これで外堀は埋めた。

埋めた人間は俺ではなく、おふくろだったが・・・。