俺が家に帰っても琴子は帰っておらず、おふくろにキーキーと喚かれる。

じゃあどこへ向かえばいいんだとキレそうになったところに琴子のお父さんが帰宅して、思わず詰め寄ってしまった。

「お義父さん、琴子と金ちゃんとやらが一緒に居るそうですが」と俺が聞くと、お義父さんはビックリしながら「店じゃないかい!?」と至極真っ当な事を言った。

盲点だった。

「ふぐ吉・・・今日は定休日ですよね!?」と聞き返すと「ああ、だから弟子はみーんな、練習すんのよ。俺もさっきまで指導してたから」と笑顔で言われ、お義父さんに詰め寄って「琴子はその時、着ましたか!?」と聞いてしまった。

「いやー、琴子は・・・ああ、金之助が慌てて店飛び出してったから今行ってるかもなぁ」と言われ、その返事を聞くやいなや身体は外に飛び出していた。

さっきとは違ってラフなパーカーにジーンズ、靴はスニーカーで駅までダッシュしている自分が信じられない。

俺は一体どこへ向かう!? 

いや、場所は分かり切っている。ふぐ吉だ。

一度だけ婚約の後に連れて行かれただけの店への最短ルートを割り出し、躊躇なくその道を辿る。

電車へスムーズに乗れた事もあり、俺は1時間もかからずにふぐ吉に着いた。

定休日とかかれた札が下がっている扉を躊躇なく開けると、驚いた店員と客の二人と目が合う。

お前は誰じゃーむかっ」と叫ぶ男と、「な、直樹さん!?」と立ち上がる琴子。

慌てて立ち上がった琴子は側にあった食器を落とし、「イタッ」と蹲る。

「琴子!!」と慌てて駆け寄った俺に、琴子は「靴ずれがあせる」と言いながら呻いていた。



「何で家じゃなくこの店に来た!?」と怒り心頭で琴子に聞くと、琴子は小さい声で「ごめんなさい」と謝った。

琴子!!」と大声で怒鳴ると、相手の男が俺に掴みかかってくる。

お前のせいじゃ、ボケェ。琴子はなあ、お前のためにいい嫁さんになろうと必死やったんやっ なんの見返りも無いのに、お前のために料理して掃除して、休みもなく働いて、全っ然遊びもせんと金持ちの家っちゅー牢獄に閉じ込めやがって。こんな綺麗なベベ着せてんけど、これは囚人服やろっ 慣れへん靴履いてもう歩けんちゅーって大将に救い求めたんや。タクシー代ないから悪いけどお金借りれるかって・・・金持ちの家に嫁に行ったのにタクシー代すらないってなんやねんっ だから俺が迎いに行ったんや。ガソリン代なんか要らへん。琴子が困ってたら、地獄だって駆けつけたるわ」

「金ちゃん止めてよっ あたしが悪かったの。直樹さんとのデートに浮かれて、いつも着ない服に靴で・・・でも慣れてないから全然良い事なくって、しかもあたしと違ってこのワンピースの似合うお嬢様と楽しそうに話して・・・無理だよ、もう隣に並べない。直樹さんに恥かかせてごめんなさい。あたしじゃ無理。必死に頑張ったけど、所詮お金持ちの奥様はガラじゃなかっ・・・」

俺は男の手を力で引きはがし、琴子を力いっぱい抱きしめた。

「ぐえっ」

まるで蛙が潰れたかの様な変な声が琴子の口から漏れたが気にしない。

「お前は俺の妻だ!! 金持ちの妻だとか、ワンピースが似合わないとか、そんなのどうでもいい。お前は俺が好きなんだよ!!」

ここに来るまでだって冷静に頭が動いていたのに、何故か琴子の顔を見た途端オーバーヒートした。

自分が何を言っているのか分からない。

「そーよ、あたしは直樹さんが好きよっ 報われない恋でも結婚して側に居れたら幸せだったんだもん。でも・・・」

「俺以外、好きになるな。俺以外を好きと言うのは許さない」

『でも』の先は聞きたくない。

『でも』の先なんか無い!!

「でも、でも、でも、直樹さんはあたしの事なんて・・・」

「好きだよ」

そう言うなり、琴子の唇を封じた。

ここが店の中で、誰が居るとかそういうのを全て忘れて・・・。

結果、駆けつけたおふくろとお義父さんと裕樹と、さっきの男に見られたのだった。