琴子が勝手にデートだと言ったのであって、俺からはそんな言葉は発してない。

大泉会長に沙穂子さんを頼まれた事もあり、一緒に廻る事にした。

沙穂子さんは中学生の頃にメトロポリタン美術館に足を運んだそうで、作品を熱心に見ながら俺に感想を伝え、俺にも意見を求めた。

打てば響く会話は久々で心地良い。

対する琴子は終始浮かない顔で、自分の足元ばかりを気にしていた。

最終的に疲れたからあっちで座っていると言って俺から離れた。

夜はレストランを予約している事もあり、今から琴子を連れ帰って着替えてまた戻って食事は時間のロスだ。

向こうで座って待ってるというなら勝手にしろとばかり、少しの間放置した。

その間に知り合いに声をかけられ、沙穂子さんとデートだと間違われる。

これは知人で妻はあっちで休んでいると伝えると、みんなが見に行こうとしたが俺が睨むと止めてくれた。

立ち話も人数が増えると収集つかなくなるので早めに切り上げ、琴子を探すと勝手に美術館から出て行ったらしく、受付の人が俺に教えてくれた。

なんでもガラの悪そうな男性と外で待ち合わせをしているみたいなので、この券でもう一度入れるか聞かれたが無理だと断ると分かりましたと言って出て行ったらしい。

思わずカッとなったが「他に伝言等はありませんか?」と聞いたら、公衆電話で電話をしていたそうだ。

それも分かりやすい場所にあるのに教えてくれと頼まれたから覚えていたそうで、その受付は俺に顔を赤くしながらも琴子に批判的だった。

まるで琴子が俺とガラの悪い男の二人を手玉に取っているかの様に言われ、すごく不快だが、だからと言って関係ない善意で教えてくれた受付に当たるほど取り乱す俺ではない。

琴子が電話をする場所は・・・と考え、自宅に電話をしたらビンゴだった。

ただ、それは意外な伝言で『足が痛くなったから知り合いのバイクに乗せてもらう事にしたので先に帰ります』との事。

聞いたのは裕樹で、そんな知り合いは誰だと聞き返したらふぐ吉のお父さんの弟子の金ちゃんだそうだ。

金ちゃんって・・・琴子がこの前名前を出した奴じゃないかっ

今度こそ弟に怒鳴りそうになるも、グッと堪え琴子が帰って来たかを聞くとやっぱりまだだと。

俺もそっちに帰ると告げて電話を切り、そのまま美術館を後にした。