俺が許可なくキスをしたからか琴子との距離は物理的に遠くなり、俺が近づく度琴子は無意識にビクつくのが面白くない。

お前だって俺らが夫婦だって分かってるだろうに、なんで急に距離をあけるんだよ。

会社で孫を作る宣言をしてしまった以上、行動を起こさねばならないのに琴子が協力する気配が全くない。

かといって他の女との間に子供を設けるのはナンセンスだし、大体他の女じゃダメだと本能が告げている。

今までどんな美女にも食指が動かなかったのに、俺に火を点けたのは琴子だ。

の琴子を身籠らせたい。

その為には何をすれば良いのか・・・。

「お兄ちゃん、琴子ちゃんとデートでもしなさいよ」と急におふくろに言われてビックリした。

それは良いなと思ったものの、親にお膳立てされるのも面白くなく「は、なんで!?」とぶっきらぼうに返事をしたら、おふくろが「貴方達、結婚して半年以上も経つのにどこも二人で出かけてないじゃない。琴子ちゃんはねぇ、貴方に操立てて遊びにも行かないのよ!! そんな良い子を放置して、土日も仕事だ勉強だと書斎に籠って・・・なんでお兄ちゃんがいいのか本当に謎よっ」と俺を攻め立てる。

「琴子、お前はどうしたい? 行きたいところあるか!?」と聞いたら、顔が真っ赤になった。

「あ、あの、あの、あの、直樹さんが行きたいところならどこでも」と言われ、先日取引先からいただいた招待券の事を思い出す。

おふくろが好きそうだから譲ろうと思っていたが・・・じゃあ、行くか。

「じゃあ、メトロポリタン美術館展でも行くか」と言うと、「メ、メトロノーム!?」と聞き返してきた。

これは行く前から前途多難だなと思ったが、それを聞いたおふくろがハイテンションで「琴子ちゃん、明日一緒に洋服買いに行きましょうね」と琴子の手を掴んで喜んでいたので決定事項になってしまった。

ま、行けば行ったで、なんとかなるだろ。



そー思ったのが大間違い。予習させておくべきだった。

電車に乗る前には迷子になりかける。慣れてないヒールのため靴ずれを起こす。

ワンピースのスカートは電車のドアに挟める。

最終的には切符をしまった場所を忘れ、鞄をひっくり返して探す羽目に。

チケットは俺が持ってて良かったぜ。

「ご、ごめんね、ごめんね」と今日一日で一生分のごめんねを聞いた気分だった。

入る前から気分最悪だったのに、それに輪をかけて知り合いに遭遇してしまった。

このチケットをくれた北英社の大泉会長。このイベントのスポンサーの筆頭だ。

「やっぱり入江くんは来てくれると思っておったよ」と入場前に握手を求められ、応じない訳にはいかない。

ついでに妻の紹介もする羽目となった。

「ほう、これが噂の奥様かね」と値踏みするような目で見られているのに、琴子ときたら「噂だなんてー」と会長の肩をバシバシと叩く。

勝手に俺の経歴を伝え大いに褒めるが、それは才女のする事じゃないぞ。

大泉会長は長らく会社のトップに居るだけあって、こんな小娘の話も真剣に耳を傾けている。

「ワシの孫娘がもう少し早く生まれておればなぁ・・・すごく残念じゃよ」と言う大泉会長に「弟もいま・・・」と勝手に裕樹を宣伝しそうになったので慌てて口を塞いだ。

今度はきちんと手で!!

「すみません、弟はまだ中学生ですから結婚云々の話は早いかと」と言うと、大泉会長はおかしそうに「それは流石に沙穂子には気の毒じゃ。いくら将来有望でも考えはせんよ。直樹くん、悪いがワシも忙しくてね。沙穂子の話し相手になってやってくれんかね」と頼まれた。

大泉沙穂子さんは過去何度かパーティーでお会いした事があるが、才女で美人だ。

年齢は俺より3歳下だったろうか。

彼女を思い出していると「お祖父様」と大泉会長を呼んだ清楚なワンピースの女性がこちらに向かって来た。

「おお、沙穂子。ほら、覚えているだろうパンダイの入江くんの息子さんだ。今年結婚されてね、その奥さんと今日はデートだそうだよ」と紹介され苦笑いする。

沙穂子さんはワンピースに着られる事もなく着こなし、優雅に頭を下げた。

対する琴子は同じデザインの色違いワンピースに着られてぎこちなく頭を下げる。

お前、キョロキョロすんなよ。

品の違いは比べるべくもなかった。

* * *

出ました(^^)v お約束のお嬢様です。