俺が神戸に来て変わったこと。

一番の変化は琴子が側にいないという事。

琴子が毎日留守番電話に電話をしている事。


その日、俺は神戸の一人暮らし用マンションに3日ぶりに帰宅した。

今は神戸医大で研修医をしているので、まともに家に帰れる日は少ない。

一応の目安として3日帰宅せずにいると色々弊害が出てくる事がよく分かったので、3日に一度は戻るようにしている。

そうすると留守番電話も3日間分の留守の記録を溜め込んで俺を迎えてくれる。

留守番電話のほぼ100%は琴子だ。

それは琴子が俺を愛する囁きの様に俺の耳に届けられる予定だった。

神戸に来てまもなくの頃は、どんな内容でも琴子の声であるだけで嬉しかった。

琴子が俺欠乏症であるように、俺も琴子欠乏症だったのだから。

が、時が経つに連れ、お互い慣れてくると、だんだん気になって許せないことが出てくる。

それがこの留守番電話だった。

毎日毎日留守番電話をMAXまで使い尚且つ話が尽きない琴子。

再生する度に俺は琴子の反復話を添削する羽目になる。

疲れてるんだから、何やらせるんだよと怒りたくなるが、ここは我慢だ。

でも、どうしても我慢が出来ない事がある!!

それは・・・


留守番電話を再生すると・・・メッセージハ36件デス。

相変わらず飽和状態。

俺の使用している留守録機能は36件が最大。琴子は一日平均12回連絡するので、3日が限度。

最初は2日で使い切り3日目に帰った俺が連絡した時は、琴子はすでに泣いていて話が出来なかった。

その時に『留守番電話は一日12回まで』とルールを決めたので、それ以降は琴子はルールを守って12回に抑えてくれている。

俺が3日以上帰ってこない以外は大丈夫になった。

それでも3日経っても帰れそうにない場合はこっちから実家に連絡している。

そうでもしないと前のようにいつ押し掛けてくるか分からないから。

でも・・・本当は押し掛けて来て欲しい。

看護師なんかにならないで、俺の妻としてここに居てくれたらどんなに救われるか。

でも、琴子の夢は俺の仕事の手伝いをすることだ。

専業主婦じゃ駄目なんだ。

何故って、、、一日の内、勤務医の夫と居れる時間なんて些細なもの。

男は仕事をしている時間が一番長い。

それを考えてるのかいないのか未だ理解しかねるが、琴子は本能でそれを感じている節がある。

あいつは変なところで鋭いから。

物思いにふけっていたが、時間が勿体無い。それにどんな内容でも琴子の声を聞きたい。

そう思いながら、俺は再生ボタンに手をかけた。

やがて無機質な声が聞こえてきた。

最初ノメッセージハ19時08分デス。

『入江くん、きっとまだ帰ってないよね。私は今帰りました。モトちゃん達と勉強してきたよ。色々教えてもらって少し分かったけど、、、入江くんに教えてもらった時がやっぱり一番分かりやすいね。またれ』
ピー・・・

続イテノメッセージハ19時32分デス。

『入江くん、お帰りなさい。きっと今ただいまって言ってるかな。あっまだ帰る時間じゃないか。いやね、私って。今7時でさっきみんなとご飯食べたよ。今日はビーフストロガノフでした。お母さ』
ピー・・・

続イテノメッセージハ19時49分デス。

『入江くん、お帰りなさい。多分もうそろそろ帰ってるかと思うので、これを聞いてくれたら嬉しいな。もし、時間があるなら連絡くれたらもっと嬉しいです。あっでも忙しかったら、、、仕方な』
ピー・・・

続イテノメッセージハ20時38分デス。

『入江くん、、、まだ帰ってない、よね。こ、こんな・・・時間だもんね。私うっかり。また連絡します。今日は何時に帰れそうかな。今日帰って来れるのかな? まだ8時だも』
ピー・・・

続イテノメッセージハ21時55分デス。

『留守電くん、私ね最近こう考えることにしてるの!! 入江くんが神戸で頑張ってる間に私が素敵な看護士兼お嫁さんに変身して『琴子、お前の事見直したよ。流石俺の妻だな。これだったら何処に紹介してもおかしくない。そうだ二人でどく』
ピー・・・

続イテノメッセージハ22時04分デス。

『留守電くん、入江くんまだ帰らないかな? 留守電くんは入江くんと会えるといいね。私は・・・私は、声きけたらいいや。入江くんはきっと私にこう言うよね『琴子ちゃんと勉強して』
ピー・・・

続イテノメッセージハ22時32分デス。

『留守電くん、入江くん遅いね。入江くんは今何してるかな? きっと仕事だよね。すごい急患とか処置してたりして・・・きっと忙しいよね。ちゃんと食べて、寝て、元気でい』ピー・・・


続イテノメッセージハ22時43分デス。

『留守電くん、入江くん元気かな?私会ってないんだよね。留守電くんは会えるからいいな。会えたらボタン押してくれるんでしょ?私は入江くんが側にいないと元気な声出せないんだ。入江くんが居たらどんな辛い事でも笑えるのに、おかしいよね。でもこんな事入江くんに言ったら、、、なさ』


続イテノメッセージハ23時05分デス。

『留守電くん、今日も、、、入江くんヒッ・・・帰ってないね。か、カラダだいじょ・・・ぶかな。っう、わ、わたしは心配で・・・っで、でも入江くん』
ピー・・・

続イテノメッセージハ23時11分デス。

『留守電くん、入江くんは私のこと忘れちゃってるかな。ちゃんと覚えててくれてるかな。うん、勉強はしてるよ。会いたいもん。私だってね、頑張って入江くんの手伝いしたいから、、、看護婦になって、患者さん助けて、みんなに入江』
ピー・・・

・・・といった感じに続く。


俺の言いたい意味が分かるだろうか!?

話の脈絡もない事は長い付き合いで理解してる。

泣くくらい愛されてるのも分かってる。

もう泣き声すらも愛しいからイイ!!

許せないのは・・・留守電!!お前だ!!

なんっで琴子と会話してるんだよ。俺を差し置いて!!

お前は一体誰だ!? ただの機械だろ??

ダメだ。。。 ハァ・・・

くそっ

・・・疲れてる。俺。。。

俺こそ琴子欠乏症だ。。。

『お互い一年離れた方がいいか』なんて・・・想像だけなら簡単だった。

こんなにしんどいなんて、今更になって気付いた。

あの時はまだ側に居たから、、、こんなに辛いなんて想像できなかったんだ。

しかし留守電。お前にはイライラしてくる。

無機質の声のクセにお前は男かよ!!

琴子も琴子だ!! 留守電くんなんて呼びやがって、勝手に男にしてんじゃねえよ!!

どうせ喋るなら俺にしろ!! 

今日、、、って日付が変わって9月6日。午前1時12分。

電話もできやしねえ。

イライラして眠れねぇ。

そうだ。確か留守電の機能に・・・

俺は八つ当たりで留守番電話の機能を駆使した。


翌朝すぐに琴子と連絡を取り、元気な声を聞けた俺は爽やかに出勤した。

今日からまた3日、、、琴子の声が聞けないかもしれない。

などと思ったが、思わぬ事態で俺は予定の3日間より前に琴子の声を聞く事になった。