今日は同窓会に行く予定の日だった。

本来なら不参加のつもりだったが、先日渡辺と電話したこともあり、また幹事から是非出席してくれと泣きつかれたのもあって初参加することにした。


――――斗南高校 3年A組同窓会

朝、大学へ行く前に寝室に寄り結婚指輪をクローゼットの上の棚から取り出して嵌めた。


実に久々だ。


いつもは実習や研究の為の作業で指輪なんかつけてる暇はない。


今日もレポートに必要なスライドを作製予定なので外す羽目になるだろうが、琴子と結婚した証を同窓会に披露してやらねばきっと琴子が落ち込むだろうと予測しつけて行く事に決めていた。


一応これでも夫たる自覚もあり、最愛の妻への配慮でもあった(本人にはあまり伝わってないが…)


琴子は3限目の講義のある日なのでまだ家でゆっくりしていた。


俺は1現目から講義、合間に研究室でスライドを作製してレポートを進めるつもりで早めに大学へ行く。


大学3年から医学部に移り、さらに休学していたので遅れを必死に取り戻し中だ。


少しの時間も勉強に当てないと勿体無い。


それに勉強がこんなに楽しいのは久々で俺は勉強にのめり込んでもいたと思う。



朝、教室に行き席について医学書に目を通していると横に来たヤツに声をかけられた。


「入江って指輪してたっけ?」


そこそこ普段話しているヤツなので(入江くんは友人とは思ってないかもです)面倒だが、返事はすることにした。


「たまにはね。結婚してるから」

・・・今日は同窓会だからな。


「へぇ、それって結婚指輪か」


ただのペアリングと思ったらしい。


返事もせずに医学書を読んでいたら相手は大人しくなったようだ。


1限目の授業が終わったので、スライドを作るため研究室へ移動。


指輪を外してジーンズのポケットに仕舞い、作業していたら研究室の外が少し騒がしくなっていた。


「入江ー。カミさん」と呼ばれ、琴子が来てることを知った俺は作業する手を止めて周りを整頓してから研究室のドアを出た。


琴子を探すと近くのヤツらと話をしているのが目に飛び込んできた。


「飴あげるよ」

「ありがとー♪」と琴子は知らないヤツ(注:入江くんの同級生です)から飴を受け取っていた。


「へぇ、奥さんは指輪しないんだ」と、また近くのヤツから気軽に話しかけられている。


「うん、私ドジですぐなくしちゃうから入江くんが仕舞っとけって えへへ」と舌を出して笑ってる琴子。


琴子を取り囲んでるヤツらが邪魔で、自分に気付かない琴子にも腹が立ち、少し強めに呼びかけた。


「琴子、用事なに?」


「あっ入江くん」と自分を見つけて嬉しそうに駆け寄る琴子。


手にはさっきもらった飴が大事そうに握られている。(…ように入江くんには見えてるようです)


「その飴なに?」


さっきもらったのは見ていたが、気付かぬ振りして聞いてみた。


案の定、琴子は「今、あの人にもらったの」と嬉しそうに俺に教える。

・・・覚えてろよ、水沢(被害者その1)

「ふーん・・・」


機嫌の悪そうな俺を心配して琴子は「これ、食べる?」とさっきもらった飴を差し出した。


「疲れてるときは甘いものがいいんだよ」と笑顔で飴を差し出す琴子に、ちょっとしたイタズラを思いつく。


「俺、今手が使えないから」


「そっか」


「食べさせて」

「え゛っ」 当然、琴子は驚く 

「疲れてるんだ。飴くらい食べさせてくれてもいいだろ? 夫婦なんだし」


口の端だけあげるいつもの笑顔(?)を見せると、琴子は戸惑いながらも飴の袋を破って俺の口に飴を運んだ。


琴子の親指と人指し指が俺の唇に触れながら飴は俺の口に押し込まれた。


琴子の指は美味いが、、、飴は甘い


カランと口の中で転がしてみたが、特に食べたい訳では無かったのでどうにも処理に困る(食うなよ)


ただ、琴子に飴を持たせていたくなかっただけな直樹なので、もう目的は果たしてしまっていた。


さて、この飴をどうしたものか。。。


少し考えて、自分を眺めている琴子に返そうと決めた。

「琴子。この飴甘いから返す」


「へ?」

まさか『返す』などと返事がくると思ってない琴子の口からはまぬけな返事しか返ってこない。

はてなな顔をしている琴子のアゴを持ち上げて口をつける。


「ん゛ーーーー」


事態を飲み込めなかった琴子だが、飴はしっかり口移しで受け取ってしまった。


その直後


「ゴクっ」と音がして琴子の目が白黒しているのが見えた。


「ん゛っ んっ ん」と、まるでサ○エさんのエンディングのような音を発しながら琴子が肩で息をする。


どうも飴を飲み込んだらしい。


要領が悪いヤツだ(そういう問題ですか?)


「馬鹿なヤツ」とつぶやいて「ここに来た要件は?」と聞いたが、応える気力は無いらしい。


力なく「忘れた」と言って帰ろうとする琴子


しかし、目の前には少し張り出した廊下の壁。

ものの見事にゴンという音を響かせ額をおさえた琴子。

なんとなく無事には帰れそうにない琴子に付き添って研究棟の入り口まで送っていった。
 

注目を浴びた俺たちだが、今の俺にはすがすがしい気持ちしかなかった―――


面倒だった今日の同窓会も楽しめるに違いない。


琴子が無事授業を受けられたかどうかは俺にとっては些細な問題だった。