母に、昨日の父の話をしていたら、「私もそういうの、見たわよ」とうなずいた。
TVで、レポーターが「問題は“ヤマヅミ”です」と言ったのだそうだ。「“サンセキ”でしょ、って仕事の同僚と笑っちゃったわ」
「……」私は笑えなかった。

こっそり辞典をひいてみた。
【山積[サンセキ]】名、自サ変(1)うずたかくつもること。例:~する土砂(2)たくさんたまること。例:問題が~する
【山積み[ヤマヅミ]】名(1)山のように高く積み上げること。また、そのもの。(2)たくさんたまっていること。山積(サンセキ)。例:~の仕事

スーパーのセール商品は“ヤマヅミ”。ごちゃごちゃと山のようになっているから。私が漢字に無知だとういう問題は“サンセキ”。あまりにも多くて果てがないから。
 

朝から父が怒っていた。「“カイガン”って言うんだぜ」と息まいている。
詳しく聞くと、こういうことだった。TVで東山魁夷の番組をやっていた。司会は男女2人のアナウンサー。女性のアナウンサーが「彼は絵画にカイガンしました」と言ったのだそうだ。
「でも」と、かつて国語の教師だった父が説明した、「“カイガン”じゃあ、目の手術だよ。こういう場合は“カイゲン”と言うべきだ。ハッと悟ったんだから。同じ“開眼”でも、読み方ひとつで大違いなんだよ。俺はNHKに電話してやろうかと思ったぜ。今の人は言葉を知らないな」
私がぽつりと言った、「私もそれ、今はじめて知った」
父は黙りこんだ。

【開眼[カイガン]】視力のなかった目を、見えるようにすること。例:~手術
【開眼[カイゲン]】元は仏教用語(1)仏道の心理を悟ること。(2)芸道のこつを悟ること。(3)仏像・仏画に目を入れること。

いや勉強になりました。
 

犬が死ぬ夢を見た。すでに数年前に他界した愛犬が、夢の中にいた。雨が降るなか、ドッグフードを食べ、食べおえて倒れた。心臓のあたりを押したが、しだいに冷たくなっていった。私は、彼が死んでいくのを見守っていた。現実では何時間もたってから気づいたのに。なんという夢の残酷さ。
布団の中で目をさまし、泣いた。

悲しみは、いつ癒えるのだろう。その荒々しさはいつも私を驚かす。かつての喜びも、怒りも、このように鮮明に再現することはない。あの時の狂気のような思いを、今も同じ強さで感じるのはなぜなのか。なぜ悲しみだけが。
「時が悲しみを癒してくれる」という。それはいったい、いつのことになるのだろう。その時、思い出はかすかな胸のうずきとなるのだろうか。それとも何も感じなくなってしまうのか。

元気だった頃の彼を思い出して、またすこし泣いた。

問:エレガンスとお笑いは共存できるか?

TVで「ナタリー・ショケット・ショー」を見ました。
美貌と美声の持ち主、ナタリー・ショケット。その実力は女王陛下の前でも歌ったほど。その彼女、舞台の上で真っ赤なトレーニングウェアに身をつつみ、「私ロシア人。歌のオリンピックで1番とるね。1、2、3!」と体操しながら、アリアを歌うんです。私、顔と行動のギャップに口あんぐりでした(^^;)。飛んだり跳ねたりしながら、超難しいオペラ曲を、ミラノ・スカラ座レベルで歌うんですよ! しかも彼女、いま妊娠中でお腹が大きい。ああもうなわとびなんかいいから。逆立ちなんかしちゃだめよ~(><;)
「カ“プッチーニ”を1杯」なんて注文して、プッチーニを歌ったり(しかもスパゲッティ食べつつ)、電話するとき「コーリング・ユー」を歌ったり。とってもおちゃめなナタリーさんでした。

答:できる。

以前はインターネットなんてなかった。友達の輪を広げたい人は、交友範囲を広げるか、雑誌の欄外に「ペンパルになってください」と書く以外、知り合う機会なんてそうなかった。
自分の知らない街。会ったこともない人々。海のむこうの国。ああ、旅行してみたいなぁ……

そんなひと昔前、無線というのは、自分と外をつなぐロマンあふれる機械だったのではないか。「HLO, HLO (HLW)...」。空にむけて放送する。どこかの土地で、誰かがこれを聞いているかもしれない。「ヘロー、ヘロー」。私はここにいますよ。誰かいませんか……
そして応答がくる。「ヘロー。あなたは誰ですか。こちらはアメリカです」……
自分が発信し、見ず知らずの人と知り合うことができる、喜び。

物が少なかった時代。遠い遠いいろんなことに、あこがれがふくらんだ。未知の世界に接する喜びがあった。手の届かない歯がゆさもあった。そういう気持ちがみんな、幸せだった。

ビデオで見ました。もうバカ~(笑)。キャシー・ベイツはうわさ通りのすげーママだし、アダム・サンドラーも相手の目を見れないオドオド青年を好演。ムショ出身(^^;;;)の恋人はファイルーザ・バルク! おお、この方がファイルーザ・バルク! 彼女のファンが、知人で約1名おりまして、ええ、お噂はかねがね。いや~独特の個性をもった方ですね~アナタ (って誰に話している)

ストーリーはいたって単純。30になってもスタジアムの給水係しかできないアダム・サンドラー。彼には隠れた才能があった。水をバカにされると、ムチャクチャ怒って相手に突撃するのである(その後、怒るのは水だけに対してではないことが判明。単なる癇癪持ち野郎か?)。
この映画は「心の持ち様で人生は変わる」「縛る愛は本物ではない」「過去はやり直せる」ということを高らかに歌い上げています……ホントかな (^^;;;

今朝、駅のホームに立っていたら、頭上のどこかから「ピーィ、ピーィ」と、鳥のヒナのかぼそい声が聞こえてきた……また新しい巣が作られたらしい(^^;)。また鳩かな? こんどはツバメがいいな(もう成鳥になる時期だって)

映画仲間と『ザ・ハリケーン』を観ました。無実の罪をきせられ、終身刑の有罪判決を受けた、実在するボクサー、ルービン・“ハリケーン”・カーター。この映画は、彼の希望と絶望を、当時のプロテスト・ソング (ボブ・ディランが歌った) や映像を挿入しながら、じつに力強く描いています。

デンゼル・ワシントンがいい! アカデミー主演男優賞候補もうなづけます。ボクサーの頃の荒々しさ。「自分は無実だ」という誇りで、刑務所内を正気で保っている姿。いらだちと諦念。私の中ではダントツの1位です。

仲間内では賛否両論に分かれましたが、「良かった」説のほうが多かった。後半は実話のもつ説得力で、私達をいろいろと泣かせてくれましたよ。未見の人、ぜひ!

「運命」のほうは起きていたので、感想が書けます(^^;)。最初のダダダダーンが、えらくゆっくりだったので、半音の半音くらい低く聞こえたほど(笑)。オケの響きはやや泥くさく、じんわり深い。華やかさはないけど、いかにもベートーヴェンらしい。
ダダダダーンは、冒頭だけでなく、曲の中でもあちこちの楽器から聞こえてきて、本当に「運命がドアをノックして」いるよう。ステレオで何度も聞いているのに、初めてこれが分かったのは、やはり生演奏だからかな。

弦が良かったです。ひそやかなpのデリケートなこと! 私の持論、「pが上手い所は、上手い」。指揮者ワルター・ウェラーはコンサート・マスター出身だということを思い出しました。

ゆったりした「運命」の中で、フルート氏だけが速かった。あなたは別のテンポで生きてるね。でなけりゃツアー疲れの中で、1人だけ元気なのかも(笑)

ワルター・ウェラー指揮。ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団。演目は、ベートーヴェン「交響曲第6番 “田園”」、「交響曲第5番 “運命”」。グリーンホール相模大野にて。

寝ちゃった……(*^^*)。いや、私のばあい、寝るってのは上手な演奏だからで。下手だったら、いつ間違えるかヒヤヒヤして寝るどころじゃないから(←言い訳)。えー、だから前半の「田園」についてはあまり言えません(^^;)。最初の音がじつに深々としていて、でも演奏は奇をてらわず、オーソドックスでした。馬でいったら、道産子の魅力でイッパイという感じ。

生演奏のいいところは、言葉どおりだけど、生の演奏を聞けること。演奏者(曲)の息遣い。生まれたてのみずみずしい音。大きなf(フォルテ)には、ただステレオのボリュームを1から10にするのではない、 みなぎる気迫を感じます。