ニュースを見ていたら、えひめ丸のことが出た。引き上げ費用には、今までのぶんも含めると、日本円にして数十億かかるそうだ。いくらアメリカの失態とはいえ、時間もお金もかかりすぎる。
なんだかかわいそうになってきた。

わたしが遺族だったら、アメリカに恨みはあるけど、もういいよ、止めようよ、と言ってしまうだろう。

そう思って、一緒にテレビを見ていた両親に、

「冷たいかもしれないけど、私、もしお母さんたちが海のもずくとなっても、引き上げてって言わないから」

一瞬固まった母、「それは三杯酢で作る……」
 

自販機で「CAFE LECHE(カフェ・レーチェ)」なる缶を発見。「コーヒー飲料,ミルク23%」と表示がある。ん?カフェオレかな? っていうかカフェラテ? でも名前が違うしなぁ。

じゃあ、コーヒーの新しい味が出たのかな?(ふくらむ期待)

買ってみた。

缶の後ろに説明文が。

「LECHE(レーチェ)とはスペイン語でミルクのことで……」

なんだよやっぱりカフェオレ(カフェラテ)のことじゃんか。まぎらわしい名前で期待させるなよっ(*^^*)←ひっかかった奴
 

11日に起こった米国NYの同時多発テロ。状況はしだいにキナ臭くなりつつある。旧世紀の負の遺産・パンドラの箱が、新世紀に相続されて蓋をゾロッと開けたかんじだ。

ものには原因がある。アメリカだけが被害者ではないはずだ。かつて湾岸戦争でしたことの、これは手痛い仕返しなのだろう。しかし今回はテロリストもやりすぎた。あれはあまりにも酷い……

アメリカがこのまま黙っていれば、テロを容認することになる。報復すれば戦争→世界大戦の恐れがある。理想は平和裏の解決。しかし現実には、血を流さずに解決する道は、ないのではなかろうか?

いや悲観的になってはいけない。できるだけすべての国が平和に向かう姿勢で行ってほしいものだと願う。平和を、強く祈る。
 

飛行機が高層ビルにつっこんだ。テロだという。NYは大混乱。

現実とは思えない。まるで映画のワンシーン。これが本当に私たちの日常に起こった出来事なのだろうか?

映画では、惨事はスクリーンの中。私たちは主人公が奮戦するのを、ハンバーガーをかじりながら応援している。2時間たてば話はジ・エンド。たいてい主人公の側が勝利する。ああ面白かった。良かったね。

でも、昨日のは映画じゃない。私たち一人一人が出演してる、世界規模のアドリブ劇だ。これは始まり。エンドマークは出ない。
 

職場に、鉄亜鈴(3Kg×2個)が置いてある。先日、軸のところにテプラが貼りつけてあるのに気がついた。なにか字が書いてあった。[持ち出し禁止]とかかな? 見てみたら、片方には[シルベスター]、もう片方は[スタローン]だった。

その日は一日中なんとなく楽しかった。
 

みんな同じ姿だけど
みんな違うストーリーが入ってる
レコード
 

「死は永遠の眠りだ」とハムレットは言った。ならば、眠りとは、短い死なのだろうか? 人は毎日、ちいさな死を体験しているのだろうか。

毎晩、わたしは死に、毎朝、わたしは生まれ変わる。今日のわたし。
 

布団は ほら穴。私は冬眠している動物。
布団は 地面。掛け布団は大きな山。小人の世界。
布団は 空とぶジュウタン。まわりの畳は、はるか下の大地。
布団は 船。海を渡っているところ。天井は雲。上では太陽が輝いているでしょう。
 

雲行きがあやしくなり、小雨がポツポツ。こうなると高山にいる人は皆ソワソワしはじめます。少しでも雨が降ると、お祭りは中止になってしまうからです。

この高山には年に2回「高山祭」がありますが、春と秋では違います。春4/14、15に開催されるのは「山王祭」、高山市南半分の氏神様である日枝神社(山王様)のお祭りで、秋10/9、10に開催されるのは「八幡祭」、高山市の宮川以東の北半分の氏神である桜山八幡宮のお祭りです。地区から氏神様までちがうんですね。
 

展示品にはさまざまな型の鉄砲があり、彫刻や彫金がほどこされていました。さすが刀のツバを芸術にまで高めた日本、鉄砲もきれいにデコレートしているなと感心しました。

すごかったのが階段。傾斜が60°以上のものもあり、1段の高さは大人の膝くらい。幅は狭く、板も足がはみ出る小ささ。最下段がほとんど真下に見えます。これははしごか。
足をすべらせたら下までノンストップは確実。大人も子供もへっぴり腰で手すりにしがみつき、こわばった表情で上り下りしていました。まあそもそもの城の存在意義が「敵からの防御」というのは分かるんですが……後世の観光客のためにもう少し階段の勾配をゆるくしてもらえなかったのかと……(*^^*)
そのいちばん急な階段では、係のおじさんが、万が一落ちてもキャッチできるよう脇に立っていました(^^;;;

城を出るときは、誰もが「あー怖かった」とホッとした表情。命からがら脱出する敵の気分でした。