父が車の免許を返納した。
 
「子供のために必要だ、って言ってね」
それで車を買ったのだ、と母は昔を思い出し、目を細める。
 
でもわたしには、家族でどこかへ行った記憶はない。


父が家族の遠出を計画するころには、おそらくわたしや兄は思春期に入っていたはずだ。

みんなで仲良く……という雰囲気ではなくなっていたのかもしれない。

レジャーランドが流行る前の時代だった。

 

 
それでも父は、車を運転した。
雨が降れば、当時専門学校の学生だった兄を駅まで送ったし、私が足を骨折してギプス姿になったときは、毎日高校まで送ってくれた。
 
犬を飼ったときは、後ろのスペースいっぱいに犬小屋を乗せて(犬は私が抱いていた)、家までゴロゴロ運んでくれたりもした。
 
母が趣味に出かけ、帰りの時間をすぎても連絡が来ないと、父はなんとも不安な顔つきになったものだ。
駅まで行って改札の前で何十分も待ち、母に怒られたことが何度もあった。
 
「車をお願いしてもいい?」
と誰かが聞くと、
「いいよ、今かい?」
と立ち上がり、父はカギのある引き出しへ手を伸ばす。
 
そのフットワークの軽さは、頼むこちらに、後ろめたさを感じさせなかった。
いつも淡々と運転してくれた。
 
車が古くなり、買い替え。また買い替えても。
いつも同じだった。
 
 
それが当たり前ではない、と気づいたのは、わたしが家庭をもってからだった。
 
「迎えにきて」
夫が電話してくる。
まだバスが走っている時間。雨は降っていない。
 
「いま夕飯を作ってるんだけど……」
もったいをつけてしまう。
「着替えてから行くから。15分待っててね」
「ありがとう」
ホッとしたような夫の声に、後ろめたさを覚える。
 
父はこんな言い方は一度もしなかった。
「いいよ」
そして車を運転する。
時間や天気は関係ない。
 
それは父の、家族への、静かな愛情──だったのだ。
 
 
それからわたしは、父を見習うようになった。
とりあえず、夫からのお迎えコールには、
「今から行くね」と即答できるようになった。
 
まだ感謝を強要してしまうけど。
いつかすべてを、淡々とできるようにしたい。
 
 
(Photo: 紺色らいおんさんによる 写真AC からの写真)

 

この世界で。
私たちはカウントダウンの中を生きている。

 

あと何年、
家族と一緒にいられるだろう?

 

20年? それとも
10年?

 


もし実家を離れていたら。
会うときは年に数えるほど。盆、暮れ、正月。

 

あと何日、

実家の両親と会えるだろう?

 

100日? それとも
50日? それとも

……

 


今日この時を、ともに生きている


そのことに感謝をし、

 

愛を伝えよう。

 

笑顔で、
言葉で、
祈りで――。

 

 

20219/12/24-2020/01/31

202001

 

人生は、ノーカット映画。
自分の記憶は、ディレクターズ・カット版。

 

もしれそれが、アンハッピーな話になっていたら?

 

ハッピーな部分ばかりを集めた編集に、作り直してもいいのではないかな。
あるいは、努力したのちに幸せになったというストーリーなんかも、いいかもしれない。

 

デイレクターズ・カット版 ver. 2、やってみよう。

 

カットしていたフィルムの中に、素敵なエピソードがたくさん…! あるはずだから。

 

 

(2020/1/18-29)

 

 

もういらない、と軽蔑すらこめて
ゴミ箱へ捨てたものを、
わたしはまた

拾おうとしている。

 

おずおずと。

 


だって、気がついたのだ。

 

真っ先に無くしていったものこそ、

失くしてはいけなかったということに。

 


まだ底のほうに残っているかな。

ぎりぎり取り戻せるだろうか。

 

初めて見たときの気持ち……

共にした時間……

するはずだった未来……


あんなに。

あっさりと。

なんで手放してしまったのだろう。



がらんとした部屋で、

わたしは

ほかにも何かが落ちてないかと

探している。

 

おろおろと。

 

あれも残ってないかな。

買い直せるかな。

あれもないかな。


ないかな。

 

あるといいな。

 


あのとき泣きながら

くしゃくしゃにして丸めて棄てた

自分自身 も──

 

 

 

(2018/06/26-2019/08/07)

 

 

正義は 死んだのか
愛は 死んだのか

 

 

のっぺりとした 仮面が
黒を白に 白を黒にした

 

沈黙を振り下ろす 人形遣い
血をすするのは 宙の闇
雨の源 地でない地 ささやく最後のアトランティス

 

いつわりの 命で 生きるものたち
あの壁のむこう 臓腑を食いやぶられる ものたち
二つのことばを 信じた ものたちも

 

だれも
ウロボロスの輪を
逃れることはできない

 

 

逆の巨人の 咆哮を 越えて

 

かの色を 旗にぬり
涙の空に かかげよ

 

それは 意味を変えるだろう

 

 

慟哭の 海より
生まれよ

 

生まれ
来たれ

 

明けの

フェニックスよ……!

 

 

 

======================

(2009/04/16-2019/7/27)

  ↑

書き始めは10年前だったのかと感慨深いです……

当時は何に反応していたのか、もう不明💧

参議院選挙が終わりました。
祭り終了~。


この数日間は、自分にとって非常に有意義なものでした。

──1人の小さな声 とても小さくても
それでも みんなの声と声が あわされば
なにか言える なにか言える……

そんな歌を思い出しました。


選挙の前日は、

「あの人を応援したい。応援しよう。手伝おう」
という気持ちや、行動って。
もしかして天使の心?

と思ったりもしました。

みんな尊い……(* ̄∇ ̄*)


大勢の人と、気持ちをひとつにした時間。

候補者の皆さん、ありがとうございました!✨
応援した皆さん、ありがとうございました!✨

皆さんに幸がありますように~👼✨


……落書きしてみました✏️(これが限界レベル💦)


✨幸あれ~✨



 

光から 分かれ
生まれし
7つの色

 

――色たち

 

いま
自分の カラーで できること
みなが

 

同じ 空を 目指したとき

 

逆プリズム

 

それは ひとすじに
空を うがつ

 

ほそく するどい
かがやきの 色

 

光 ひかり
HIKARI

 

 

参議院選挙ですね。今週末の日曜日。

 

祭りだ祭りだ☆

 

いつも応援している政党があります。
10年になります。

 

チキンハートの私は、政治的なことをストレートに言うのは苦手で。
ずっと言葉のひだの奥の奥の奥(どこ?)に入れこんでいました。

 

・迫り来る危機にそなえよう
  『雨にそなえる』(2007/5/10)
  『目の前に象が迫っていても、曇りなだけなどと言うな』(2010/5/8)
 とか

 

・孤独でも自分の声を主張し続けること
  『一番蝉』(2009/7/11)
 とか

 

・どうにでもなっちまえ皆もう知らねえよ(ヤケクソ)
  『石の男』(2007/5/24)
  『ノアの子孫』(2009/9/15)
 とか

 

いくつか書いてましたが。
遠回しすぎて、ただ純粋にふつうの詩やエッセイになってしまいましたねー。


いや言われても分からないし。深読みしようったって無理でしょ。どれだけ隠してるのかと。
前世は長崎で隠れキリシタンでもしてたのでしょうか。

 

なので。
今年は直球で行きます。

 

幸福実現党。(→ 公式HPはこちら
 

耳ざわりのいいことを言う政党の多い中、けっこう耳が痛いことを言う (^^;)。

票が減ることは分かってる。でも大事なことだから、黙ってはいられない。


この愚直なまでにまっすぐな人達。

 

ブレないところは、十円を立てたまま119階まで1分で昇りきる三菱電機のエレベーターか、ゾウが乗っても倒れない旭化成のへーベルハウス並みです(古)。

 

 

(↑減税について 釈りょうこ氏)

 

 

(↑選挙妨害する他党に 一歩も引かない肝っ玉 七海ひろこ氏)

 

 


声をからして毎日演説をしている。
毎年毎年、落選しても同じことを言い続けている。

 

これが票やお金のためではないことに、そろそろ皆気がついているはず。

 

もしかして、ずっと本気だった?
―― Yes!

 

この国にこんなまっすぐな人達がいるんだ、と心を動かされます。

 


参考: 参議院2019の各政党の公約を一覧で比較!(選挙ドットコム)

 

 

 

(おまけ)

・世の中がよい方向に行きますように

  『風よ』(2007/5/7)

 

 

さて。
ここまでずっとトビー、ベイリー、ハンナ、バディの転生を追いかけてきて。
本を閉じて思うことを、うまく表現できません。

 

一言で言えば「ああ、いい話だった」なのですが。
フィクションだけにおさまらない、なにか生命の本質を教えられたような感動があるのです。

 

そうは言っても、ちゃんと言葉にしないと伝わらないですよね。
うーん……具体的に言うと……

 


3つあります。

 



まず「転生」。

 

作者の住むアメリカは、キリスト教を信じる人が多いです。キリスト教は、死んだら天国・地獄に行って終わりという教えです。
そのアメリカも最近はニューエイジ運動のおかげで、スピリチュアルな考えが広がってきています。ハイアーセルフ、カルマ、転生……

 

ケネス・ブラナーがハリウッドで初監督・主演した『愛と死の間で』は、輪廻転生をあつかったサスペンス映画でした。

 

人が転生する話は、映画や小説などでだいぶ目にするようになりました。
それでも「動物が転生をする」という設定は、とてもユニークで新しい視点だと思います。

 



「動物のもつテレパシー能力」。

 

犬が、飼い主たち人間の感情を読みとっている能力です。
これを描いている小説は、ほとんどなかったのではないでしょうか。

 

たまにペットのほのぼのニュースなどで、
「ふだんは勝手気ままな犬(や猫)なのだけど、飼い主が具合が悪い時だけは、じっとそばにいてくれた」というような話を目にします。
「野性の勘かな?」などと思っていたのですが。

 

きっと、実際に察知しているのでしょうね。

 

人間の放つ感情を、ありありと感じることができる。
だけど子供のような犬たちは、それが何なのかを深く理解することはできない。
もちろん言葉でも伝えられない。犬としてできることをシンプルにやるだけ。

 

『野良犬トビーの愛すべき転生』はフィクションですが、ここの部分はもしかすると真実を描いているのかもしれない、と思います。

 



「ピュアな視点」。

 

犬の、子供のようにすなおでまっすぐな心。

 

人間の勝手な都合にふりまわされ、捨てられてしまっても。
人を恨まない。嫌わない。
同時に、自分をひがむこともしない。
運命をそのまま受け入れます。
新しい人間が現れたら、シッポを振り、つき従い、全力で愛します。
転生をくり返しながら。
スキルはアップしても、人間をより深く思いやるようになっても、そこは変わらないままで。

 

これは、まさに “天使の心” そのものではないでしょうか。

 

「幼子のようにならなければ、天国に入ることはできないであろう」(マタイによる福音書 第18章)
という言葉を思い出します。

 

どこまでもオープンハートの犬には、天国の門も自動ドアのごとくすっと開くに違いありません。

 

犬だけでなく。
猫も馬も、イルカもクジラも鳥も花も……
みんなみんな、この世にあらわれた天使たちなのかもしれませんね。

 

  ☆ ☆ ☆

 

この小説は、2017年に映画化されました。


『僕のワンダフル・ライフ』

(↓フィーチャレット映像)

 

 


そして今秋、続編が映画公開されるようです。楽しみです!
(ちなみに次の転生も犬だったようですね)

 

 

 

転生の目的を知り、学びを終えたエリー。
もう生まれ変わることはないと思っていたのに。


一体どうしたことでしょう。また子犬に戻ってしまいました。

 

 

この小説のさいごの生です。
ゴールデンレトリバーのオス、バディ。

 

最初、犬嫌いの飼い主にもらわれますが、その後ある人物に出会います。
そして……

 

ここからは実際にお読みになったほうが楽しいです。

 

ギフトのような生でした。

 

転生の目的に、まだ重要なものがあったのを知るバディ。(424~425、437ページ)
そこから一気に、彼は走り出します。

 

もはやその悟りは、犬のものではない (笑)。犬の皮をかぶった聖人にしか見えません (*´∇`*)
次はぜひ人間に生まれ変わって、すばらしい活躍してほしいものです。

 


原題である『A Dog’s Purpose』。
「ある犬の目的」、とでも訳すのでしょうか。

 

――転生の目的、自分という存在の目的――

 

それが、4つの生涯をつらぬいていました。