警察署へ電話するのは、生まれて初めてだった。緊張した。
受付に事情を話すと、生活安全課へ回された。
そこで出た年配の男性に、あちこちに説明したのと同じことをしゃべった。ここがもう最後だった。

「うちの担当じゃないんじゃないの?」
男性がぼやいていた。受話器から口を離しても、よく響く声だった。たらい回しされるかな、と一瞬ヒヤリとした。でも受付はそちらへ転送したのだ。私のせいじゃない。

ぼやきはしたが、男性は調べてくれた。
「誰か、今日身元不明の人を保護したって報告、聞いてます? 救急車に乗せられたとか、そういうの」
男性は受話器を手でおおうとか、保留にするとかをしなかったので、大声で部屋の人に聞いているのが、はっきりこちらの携帯に聞こえた。
だれかが答えているらしく、しばらく無言になった。

義父の思い出が、いくつか頭をかすめていった。お菓子をダブッて買ったこと、暑くてシャツとパンツだけになっている姿、初めて会ったときのこと……
「あー、もしもし」
どうなのだろう、どうなのだろう。
「……はい」
「そういう人は、いないみたいですねえ」
「そうですか……」
たまらずに涙がこぼれた。保護されてないと分かって喜んでいいのか、いまだ行方不明だと悲しんでいいのか、分からなかった。
「もう少し探してみるといいかもしれない。――あと、そちらの地区の交番にも言ったほうがいいですね」
「あ、はい」
「交番からの報告は、ぜんぶうちがまとめてますけどもね。とりあえず今日は、市で身元不明の人の保護はありませんでした」
「分かりました……」
交番だよ、と男性は念を押して、私との電話を終わらせた。

私は携帯を取った。
「電話してみる」
「どこへ」
「デパート。倒れた人がいないか、聞いてみる」
栗栖氏は反対しなかった。

最初は、本屋のあるデパートにかけた。
「受付でございます」
受付嬢の美声が耳に明るかった。
「家族がそちらに買い物に行ったのですが、まだ帰ってこないのです。そちらで今日、倒れた人がいたりしなかったでしょうか。あるいは気分が悪くなったような人が」
「少々お待ちください。確認してみます」
声がやや同情をおびた。
保留になり、軽やかな音楽が流れた。私は息をはいた。

カチッと音がして、受付嬢がお待たせしました、と言った。
「本日、ご気分が悪くなったお客様はいらっしゃいませんでした。救急車の要請もございませんでした」
「そうですか……」
栗栖氏はうつむいて畳を見つめていた。
「よろしかったら、館内放送でお呼び出ししてみましょうか」
と受付嬢は提案した。
どの店の店員に声をかけてもこちらに伝わるようにしますので、と彼女は請け合ってくれた。
「それでもいらっしゃらない場合は、また考えてみましょう。服装などの特徴を教えていただいて、警備の方で探してもらうこともできます」
「お願いできますか」
「かしこまりました。放送をかけてみます。いらしても、いらっしゃらなくても、後ほどそちらにご連絡いたしますので、お待ちください」
「はい、よろしくお願いします」
ありがとうございます、と私は電話を切った。
「さすが大手デパートだな。フォロー体制が万全だ」
栗栖氏は感心した。

近所のショッピングモールにも電話してみた。
こちらは事務所のオジサンみたいな人が出て、館内放送で「自宅に電話するように」とアナウンスしますよ、とだけ言った。
「それで結構です」

私がオジサンと応対している間に、家の電話が鳴った。
栗栖氏が走って受話器を取った。
「はい、はい、はい……そうですか。ありがとうございました」
言葉の調子で、呼び出しに応えた者はいなかったと伝えられているのが分かった。

家の電話は、それきり鳴らなかった。
ショッピングモールの館内放送は、効果がなかった。

どちらにも、義父はいなかった。

これでは電話が使えない。
いつから?
「おととい、私、電話に出たわ。その時は使えてた。でも留守電のランプは消えていた」
「夕べかな」
昨夜、栗栖氏は床に置いてあった箱に足をひっかけて、転びそうになっていた。なんとかふみとどまって倒れなかったが。
箱は電話のすぐ下にある。線がぬけたのは、たぶんその時だ。

栗栖氏ははずれていた線を電話にはめ、留守電のボタンをセットした。
「ただいま、電話に出ることができません……」
機械の自動音声が流れた。
録音メッセージは、無かった。

「もし家に電話しようとしてたとしたら……」
しかし不幸な偶然で、線はぬけていた。
「私たちの携帯の番号は知ってるよね?」
「覚えてるのは家の番号だけだ」
私たちは顔を見合わせた。

義父はきっとどこかで倒れたのだ。
周りの人が発見して、うちに電話しようとして、でもつながらなくて今ごろ怒っているだろう。
義父は病院だろうか。
それとも、まだ発見されなくて倒れたままか。
もし意識がなかったら、自宅の電話番号を誰かに伝えることはできない。
もしかしたらすでに冷たくなっているかもしれない。
オヤジ狩りに遭った可能性もある。
嫌な想像ばかりが出てくる。

「いや、オヤジ狩りはないだろう」
栗栖氏が、一瞬だけ笑みらしき表情になった。
「裏道を知らないから、歩かないよ」
そう聞いても、気持ちは晴れなかった。

6時。いよいよ暗くなってきた。
私たちは雨戸を閉めた。いつもは義父がしてくれていた。アルミサッシはガタガタいい、嫌な音をたてた。

義父が帰ってこない。

こんなことは初めてだった。
普段なら、2時間くらいで帰ってくる。長くても3時間。
それが今日は、10時すぎに家を出て、夕方4時になっても帰ってこない。

さすがに不安になってきた。
「本屋に行ってくる」
とは言っていた。だからたぶん、最初は本屋。
本屋はデパートに入っているから、周りの店もついでにのぞいているのかもしれない。でも服や音楽には興味がない人だから、すぐ飽きるはず。
昼食をフードコーナーで食べているかもしれない。でも夕方までそこにいるとは思えない。

義父は携帯電話を持っていない。必要がなかったからだ。
ふだんは家にずっといる。

栗栖氏は本を読みながら、でも気になるようで、たまに家の中をうろうろ歩いていた。

5時になった。
日が陰ってきた。夏より暮れるのが早くなっている。
栗栖氏もそわそわし始めた。
「いくらなんでも遅いわよね」
「オヤジ、どこへ行ったんだろう」

二人で行きそうな場所をあげてみた。
「100円ショップは?」
「興味なさそう」
「銀行は?」
「先日ATMで下ろしたばかり」
「映画館は?」
「この3年間で1度も見に行ってないものなあ」
近所のショッピングモールはどうだろう、という話になった。
そこにはホームセンターが入っている。日曜大工が好きな義父は、たまに材料を調達しに出かける。
そこなら、ありえる。

でも5時までかかるものではない。

「ちょっと一息だ」
気持ちを落ち着かせるために、栗栖氏は台所にコーヒーを入れに行って、そこで「あ」と声をあげた。
「どうしたの?」
「どうしたんだ、点いてない」
見ると、電話の留守電のランプが消えていた。
電話線も、ぬけていた。

小泉純一郎元総理が、声優をするらしいですね。12月公開、ウルトラシリーズ最新映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』の、ウルトラキングの役で。

声優は初体験だそうで、若干不安なところはありますが。

でも私、元総理はきっと演技力があって、セリフに説得力があるだろうと思っています。

だって政治家ですから。

彼女は歌い始めました。
さっきBGMとして耳に流れていた歌でした。『ピリオド』。永遠に一緒にいると思っていた恋人と別れるのが辛いという内容でした。

メロディがきれいで、歌声が素直で(でも芯があり)、言葉もはっきりしている。趣味で歌っているにしてはなかなか上手いな、と思いました。

「キーボードを見てないな」
と、栗栖氏もささやきました。
キーボードは、座って弾くぶんには簡単です。でも立って弾いて、歌って、しかも鍵盤を見ていないでとなると、よっぽど慣れていないと難しい。2人ともピアノをやっている私たちは、これはかなり難しいことだと知っていました。

歌が終わりました。私たちは拍手をしました。

「では第1部、最後の曲です」
どうやら私たちは、ステージがほとんど終わるところに来てしまったようでした。
「わたしは北海道の出身なのですが、今もそこにいるお母さんのことを書きました。感謝をこめて。『睡蓮』です」

その歌声が流れはじめたとたん、私は――自分でも驚いたことに――涙が止まらなくなってしまいました。
やさしくすくいあげるようなメロディ、落ち着いた低音からしだいに歌い上げていく声、ありがとう、と何度もくりかえす歌詞。

「音楽は、生を聞くのが一番いい。CDとは音が全然違う」
よく言われている言葉ですが、初めてそれを実感しました。

声に、彼女の温かさがこもっていました。母親を思う心がしみこんでいました。
それは私の心に届き、まわりの空気を温め、午後の日差しに溶けていきました。たぶん風となって北海道へと流れていくでしょう。

北海道に早くも冬日が来たと、先日ニュースで言っていました。来月には時計台の屋根に雪が降り始めるのでしょうか……

彼女が歌い終わったとき、私は何度も何度も拍手をしていました。


後で、名前が分かりました。
工藤江里菜さん、音大出身で、すでにCDを3枚も出しているシンガー・ソングライターでした。(素人と勘違いしてすみません!)

人の耳を楽しませる歌手は多くても、人の心をゆさぶる歌手は、そんなに多くないのではないか、と私は思っています。
そんな中、工藤江里菜さんはすばらしい才能をもっていると感じました。
歌詞にメッセージが込められているのが何よりいいです。

これからの活動に期待します。応援しています!


工藤江里菜さんのHP (試聴もできます)
携帯はこちらから

「すみません。止まるなんてことは、普段ないんですけど」

駅裏の通路を歩いていた私たちは、マイクの声に足を止めました。

連休の昼下がり。市民参加型のお祭りなのでしょう、通路脇には小さな出店が散らばって並び、古着や手作りキャンドル、スープなどが売られていました。だれかが歌を歌っていました。
私たちは近くの本屋に向かっているところでした。

階段を数歩上がっただけの、ステージともいえないような場所。10歩左にはお酒を出す屋台もあります。
そこに、その女性はいました。

大学生くらいでしょうか、若く小柄で、キーボードを前にひとりで立っていました。バンドのメンバーなどはいないようでした。

彼女は少しくやしそうに、
「もう1回、最初からやり直します」
と言い、わずかな聴衆がしてくれる大きな拍手に、おじぎをしました。

ちょっと聞いていこうか、と私たちは、空いているイスに腰をおろしました。手の中のコーヒーが飲みかけでした。

朝からパソコンをいじっていると、栗栖氏が、「散歩しよう」と誘ってきました。
「今日は体育の日だから。体を動かさなきゃな」
あら? 体育の日って、今日だっけ?

カレンダーを見ると、赤くなっているのは月曜日、10月12日です。下に「体育の日」と小さく書いてあります。
今日は土曜日、ただのグレーです。

でも、私はうなづきました。
「そっか、今日だったわね」

10月10日。昔はこの日が体育の日だったんですね。運動会もこの日にやる小学校が多かったと思います。
いつしか、親が参観できるように土日に開くようになり、夏休み明けのクラスをまとめるため9月になり。
それでも体育の日は10月10日だったのですが(老人会のゲートボール大会とか、よく近所でやっていました)、ハッピーマンデー制度により、月曜日になってしまいました。

「3連休はうれしいんだけどな。やっぱり体育の日って言ったらなあ……」
と栗栖氏。
そう、古い世代――私たちもそろそろそう言われつつあります――にとっては、今でも体育の日=10月10日なのです。


さて、栗栖氏と私は散歩がてら、映画館に行くことにしました。
もちろん歩きです。(バスもあるのですが、却下されました)
途中、「運動だ」とむりやり走らされたので、映画館に着いたときには息が上がってフラフラ。椅子にぐったり沈みこんで、そのまま寝入ってしまうかと思いました。
まあ、アクション映画だったため、起きてましたけども。

何の映画かって?
『ワイルド・スピード MAX』
みんなよく動いて走ってました! (車でですが)


(おまけ:公開待ちを楽しみにしている映画
  ↓
 『風が強く吹いている』
 駅伝の話です。これもよく走りそう)
 

風が強く吹いている (新潮文庫)

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来年の手帳が、そろそろ店頭に並び始めましたね。かわいいイラストや花柄のもの、1色だけのシンプルなものなど、見ているだけで楽しくなってきます。

ここ数年は、バーティカル式の手帳が増えてきました。
6、7年前に話題になった『夢をかなえる人の手帳術』(藤沢優月)が、注目されるきっかけだったと思います。年々人気は高まってきているようで、今年は陳列棚のかなりの割合を占めそうです。

見開き1週間で、1日が縦の時間割りになっているバーティカル式手帳。細かい時間の設定がしやすいです。
会議や出張で忙しいサラリーマンや、家事に子供の送迎にと毎日バタバタのママには、とても便利な手帳ですね。

使ってみたいです。去年も最後まで迷いました。
利点は、上記にあげた時間設定の細かさ。あと、イラストのかわいいのが多いです。(ページごとに違う絵なんて、開くだけで幸せ!)
欠点は、情報をあまり詳しく書けないかんじがすることと、手帳のサイズが大きめで、バッグの出し入れにやや苦労しそうなこと。
結局、備考欄を広くとりたいのと、コンパクトさを取って、毎年使っているタイプ(1週間レフト式)にしてしまいました。

が、今年もまた迷っています。
放っておくとダラダラ1日を過ごしてしまう私は、タイムスケジュールがきっちりできるバーティカル式が魅力的。これで自己管理もバッチリです。
でも……。小学生の夏休みに作った、毎日のスケジュール表。あれ、ぜんぜん守らなかった。それに、あんまりきちきちにスケジュールを組むと、振り回されてしまって苦しくなりそう……
やっぱり今までどおりのでいいかな。

まあ、本当を言うと、どうでもいい悩みではあるんですよね。でも楽しい悩みなのて、しばらくうきうきと迷っていようと思います。

来年の手帳、どうしようかな~。

美容院に行きました。
「こちらにどうぞ」
シャンプー台に案内されました。

椅子に座り、背を倒され、仰向けになりました。
顔に何かをかけられました。
ガーゼではありませんでした。

ティッシュでした。

経費削減? 不況だから? ガーゼを洗うコストも惜しいとか?
動揺しました。
自分がちょっぴり安くなった気がして。あと、お店の経営状態を考えて。

   ☆

2つ折りになっているとはいえ。ティッシュは軽いです。
鼻息で飛んでいってしまわないよう、浅い呼吸をくりかえしました。
なんとなく苦しくなってきました。

   ☆

美容師さんも、そのあたりはちゃんと考えていたようでした。
シャンプーを始める前に。
ティッシュの、上というか、おでこに乗っているほうの端っこを。
指で、お湯をペタペタ塗っていきました。
わあ! のり代わり!?

もちろん温かかったですし、息もふつうに吸えるようになりました。
文句ではありません。でも。

キョンシーになった気分でした。
 

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