ツバメ
ツバメの子よ

巣はもう小さくはないか
産毛はぬけ
親の似姿になって

力があふれているのではないか
羽根ものび
準備はすでにできている

何かがおまえに
ささやいていないか
方角はこちらだと


ぬくもりと安心の
巣は
昨日に押し去り

恐れてもいい
飛んでみるがいい

風が おまえを支えるだろう

子は 親からの
親は 子からの
卒業式

おっとっと。
癌になっていました。
ビックリです。

うーん、長生きするつもりではありましたが、ちょっと予定変更になるかもしれません。

どうりで去年はカバンやらスケジュール帳やらが気になったわけだ、と妙なところで納得しています。


さて。
時間がどれだけあるかは不明ですが。

今まで自分の中でブレーキをかけていて、書けなかったものも書いていこうと思います。
どちらかというと公共の場ではタブーな話題である、宗教観・死生観ですね。

これらは、まわりの反応が怖くて、どうしても書く勇気がなかったというのが正直なところです。
まあ、ゴールが身近に感じられてきたので、もうやってしまおうと。
はい、書き逃げです。あとで何言ってるんだと反論されても、わたし知りません (笑)。

とりあえず、データ化できるものはしていく予定です。

今後とも『まぐタイム』をよろしくお願いします。


==========
補足:
宗教はあくまでも私個人のものであり、家族はいっさい関係がないことを申し添えておきます。

真っすぐにすらりと伸びていた若木は過去になって久しいが。

太い枝は鳥を住まわせ、広い緑はいこいの陰を作り、足元の土は草花をはぐくむ。

幹のうろやひび割れは味わい深く。
たまにひねた枝の1、2本。こぶ。それもまた良し。

子供の頃に想像していた中年というのは、平凡でつまらない毎日に明け暮れていて、気が付いたら取り返しのつかないポイントまで来ていて呆然とする、というものでしたが。
どうも悪い小説の読みすぎだったようです。

人生35過ぎたらつるべ落とし……いやいや (^^;;;
まあ体調も頭の回転もそうなってきているのかもしれませんけども。
でも、違う力が出てくるようにも思います。

家事をしなければならない。光熱費や税金の心配もしなければならない。
加えて外で仕事をし、子供がいる人は子育てもして。
たしかに地味なルーチンワークです。

だけど、それを10年20年と続けていったことは、実は大したことなのではないかと思うのです。
ただの平凡ではなく。


そして日々の義務をこなしつつ、空いている時間をみつけてはスポーツなどで体を鍛え、読書や音楽などで心のビタミンを取り、ブログや絵などで自分を表現し。

例えるなら、中年時代は長距離マラソンでじっくり走りつつ、まわりの風景を愛でたり、観光スポットに立ち寄ったりしているような気分です。
進みは遅いけど、忙しい。

なかなかスリリングで楽しいです。(たまに息切れしたりしますけどね)

BOOK OFFで古コミックを数冊買ったら、会計が違っていました。
どうやら、100円を200円として計算しているようです。

「100円だと思うんですが」
私が言うと、店員の若い女性は、
「え? こちらの少女コミックですか?」
ムッとした様子で、そんなはずはないと返してきました。
彼女は本を裏返し、値札を見せ、
「200円ですよね?」
強い口調で確認します。

たしかにそれは200円のもの。でも、
「下の本が、100円だと思うんですが……」
「こちらの大人コミックのほうですか?」
清水玲子を大人コミックと言っていいのか。ここはうなづくべきか迷いました。たしかに少女コミックらしからぬ話ですし、主人公が成人ではあるけれども。
(後でなんとなく分かったのですが、どうやらこの店では文庫本サイズのコミックのことを大人コミックと呼ぶみたいですね。でも大人コミックと聞くと、どうしてもアダルトな印象を持ってしまいます……(^^;;;)
まあそれは置いといて。

私はうなづきました。
「はい、こちらの本が」
「……」
彼女は黙ったまま本をひっくり返します。

100円。

「すみません! 大変失礼いたしました!」
それまでの態度とは一変し、彼女は平謝りになりました。
「会計に使用したポイントは、明日返却になりますので」
「はい、わかりました」
「あ、もしかしたら2、3日お時間がかかるかもしれませんが」
「はい」
「本当に申し訳ありません!」
「いいえ」

頭を何度も下げ、泣き出すのではないかと思うほどの恐縮ぶり。なんだか私がいじめているような気分になってしまいました。
「こちらこそ早くに気づけば良かったんですけどね。すみません」
なんて、余計なフォローの言葉をかけてしまいました。悪くないのに謝ってしまうのは日本人だからでしょうか。

彼女のうるんだ目が、レジを去る私を見送っていました。


店を出たあとも、なんとなく胸にモヤモヤしたものが残っていました。

若いときは、とかく自分は正しいと思いがちです。
自分は間違えない、他人が間違えるのだ、と他人を責める人は、自分が間違えたとき、他人へ向けた非難がそのままはね返って自分を襲うのでしょう。

一概にすべての人がこれに当てはまるわけではありません。が、今回の彼女はそういうタイプだったのだろうと思います。

もちろん仕事は、間違いが無いように完璧にするべきです。だけどもし間違えたら、他人や自分を責め続けるのは不毛でしょう。
次からどうしたらいいのか? たとえば確認をもっとよくするなど、どう改善するかを考え、実践していくことが大切なのだと思います。


店員さん、あなたが平謝りするほど私は怒っていないんです。ミスはよくあることだし、あなたが一生懸命なのは良いことだから。
ただ、何かあったときは落ち着いて行動しましょうね。

お仕事、これからもがんばって下さい。


栗栖氏が腕をふるった大晦日の食卓。
写真に出てませんが、茶碗蒸しと年越しそばもあります。

ごちそうさま!

お礼は、毎日の夕飯で分割払いということで (^^)。

 

1年が終わろうとしています。短いような、長いような。

さて簡単に今年の振り返りを。

前期は、絵描きにハマっていました。
栗栖氏は水彩画セットを買いあさっていましたし、私は水彩色鉛筆を大人買いしました。
色の美しさを見直した時期でした。

後期は。
仕事を辞め、体調がくずれ気味(これは前期から)。
興味の針が向いていたのはバッグ・カート、スケジュール帳、整理。
耳の感性は20代の頃にやや戻り、音楽の好き嫌いが激しくなってきました。
どうやらテーマは「計画、再調整」のようです。

人生も後半戦スタート(とっくに?)。

来年の前半は、体調も含め、いろいろな調整をしていこうと思っています。

(写真:足成)

 

 

最近なにやら体調を崩すことが多くなり、買い物をした時の荷物の重さが負担になってきました。
車は持っていないし、どうしようかなと考えていたある日。どこかのおばあちゃんが、車輪が付いたバッグを引いてゆっくり道を歩いているのを見て、これは便利そうだと思いました。

キャリーバッグというようですね。車輪が付いているバッグならそう呼ぶらしく、スーツケースも仲間のようです。

そういえば2、3泊用の小さなスーツケース(これもキャリーバッグ)を、よく見かけるようになりました。以前は一目で旅行者と分かる人しか持っていなかったと思うのですが、最近はビジネスマンや若い女の子が、今日は少しかさばるし重いからこれで、という感じで引いています。

混雑時には余計な場所を取ったり、他の人の足をつまづかせそうになったりと迷惑がられるキャリーバッグですが、やはり便利なのでしょう。柄も無地だけだったのが、チェック、ストライプ、ハートマークと買う人の多様なニーズに合わせてバラエティ豊かになってきました。

そうそう、リュックサック型やスポーツバッグ型のもありますね。転がさない時は取っ手をしまって本来の形に戻し、背中にしょったり手に持ったりするのでしょう。
面白い型を見かけると、感心してながめてしまいます。


さて、私が買ったのは既製品のキャリーバッグではなく、キャリーカートとバッグを別々に。
それぞれ単品で使用することもできますし、組み合わせてキャリーバッグとして使うこともできます。荷物が増えたらロープでカートに縛った上に、バッグを乗せればコンパクトにまとまります。

普段から荷物は重めで、でも握力に限界があったために買い物をセーブしていたのですが。
これからは重量制限がなくなり、ますますたくさん買い物をしそうです(カートは耐重量40Kg)。
体の負担は軽くなった反面、お財布の負担と荷物は重くなりそうで。

キャリーカートを買ったのが良かったのか悪かったのか……微妙なところです。