ただ普通の手術のはずでした。
ちょっとポリープが大きいから、取ってしまいましょう。
切る範囲が狭く、回復が早い、腹腔鏡手術でした。
それが今年初め。
手術は無事に終了しました。
リハビリをし、退院しました。
次の診察で、医師に言われました。
「悪性でした。すぐ転院して下さい」
暗転――。まさにそんな感じでした。
腹腔鏡手術は、腹部に小さな穴を空け、そこから器具を使って中で切除部位を細く切り、取り出します。大きく切る開腹手術と違い、体への負担が軽いのがメリットです。
ただし、それが悪性だった場合は、それが逆にデメリットとなりました。
「体内にどれだけ癌細胞が散らばってしまったかは分かりません」
転院先での腫瘍専門の医師は、検査のデータを並べて、
「良くてレベルⅡ、リンパまで転移していればⅢですね」
前の手術で温存していた、体内の箇所は、全部摘出するとのことでした。
病院の廊下で、母と2人でずっと泣きました。
「がんばろうね、がんばろうね」
母はそれだけくり返していました。
自分は死ぬのか、と生まれて初めて思いました。
季節は冬。梅もまだ咲いていない時期でした 。
裏庭に、バラの木があります。
このアパートに越してきた時からあったので、おそらく前の住人が植えていったのでしょう。
バラは嫌いではありませんが、好きでもありません。フラワーセンターなどで眺めたり、花束でもらったりするぶんにはいいですが、育てるとなると……。
だってバラでしょ?
バラがある庭って、もっと鳥の水のみ場があったりとか、葉陰に陶器の白雪姫の小人がのぞいてたりとか、そういうゴージャスな雰囲気がなければいけないんじゃない?
それにあの棘。いかにもワタクシに触れるもの万死に値するといわんばかりの。あるいはパンクファッションの元祖というか。きっとそばに寄るたびに、わたしの髪はからみつき、袖には穴が開くにちがいない。指だってもちろん血だらけになる!
バラって病気になりやすいんじゃなかったっけ? 幹にびっしりアブラムシがついたらどうしよう?
考えてもバラとはいい関係が結べそうもなかったので、抜いてしまうことにしました。そもそもわたしはハーブが好きで、その裏庭もハーブ園にする予定でした。広さが猫の額ほどしかないため、ハーブだって全部植えることはできません。ましてや野放図に枝をのばし、数年後には他の植物たちを圧迫しそうなバラなんて。
無慈悲にポキポキと枝を折っている途中で、栗栖氏がわたしの意図に気付きました。
「かわいそうだから、とっておこうよ」
「ええ? いらないわよ。邪魔だし」
「バラだぜ」
「バラだからよ」
「まあ、いいじゃないか」
結局、バラは残されました。
わたしは空いているスペースにハーブや野菜の苗を植え、バラは黙殺しました。
その後、バラはつぼみをつけました。つぼみは次々に開いて、枝のあちこちに花を咲かせました。色は美しいピンクでした。
「あら、きれいね」
「だろ」
ハーブの緑一色だった庭に、点々と散ったピンクは鮮やかにうつりました。
花びらを落としたら、赤い実ができました。
それでは来年までさようなら――
と思っていたら、枝にまたつぼみがつきました。
花が咲きました。
「狂い咲き?」
「かなあ?」
わたしたちは頭をよせあいながら、窓ごしにバラを見つめました。
せつないほどのバラの咲きぶり。まるで間髪いれずに花をつけないと、わたしにクワをふるって抜かれてしまうとおびえているかのようでした。
昔飼っていた犬を思い出しました。
お菓子欲しさに、よくおすわりをしていました。(一発芸です。ほかに芸はできません)
胸をはって、目をキラキラさせて。それは最高にかわいい姿でした。
いい子にしてるから、お菓子ちょうだい、ちょうだい!
犬とバラがダブりました。――きれいにしてるから、抜かないよね? ね?
「よく咲くねえ」
「よく咲くなあ」
「……」
後で調べたら、バラは年に一度咲くタイプだけでなく、三季咲きとか四季咲きとか、何度も咲くタイプがあるようでした。うちのバラはそれだったのでしょう。植物からのなにか深遠な意思表示ではありませんでした。
勘違いとわかっても、けなげに何度も咲くバラに、わたしは次第に情が移ってくるのを感じました。
いつしか、次に咲くのを楽しみに待つようになっていました。
今では、バラとわたしはいい関係を築いています。
扱いもよくなりました。黙殺から、黙認へと。
たまにわたしは、バラにからみついた雑草のつるを取ってあげます。おかえしにバラは、わたしの腕にひっかき傷をこしらえてくれます。
それでわたしは、伸びすぎた枝を刈りこんであげます。
でも、根こそぎではありません。
いやもう、今年の夏は暑いですね。熱中症で亡くなる人が続出しているとか。酷暑と呼ばれているそうですが、これだけ気温が高い日が続くと、たしかに心身ともに酷だなあと思ってしまいます。
我が家の温度計も、夜でも30度をさしています。風がない夜はとくに寝苦しく、気がつくと栗栖氏に起こされて、冷たい飲み物をあてがわれたりしています。
「大丈夫か? 息が上がっていたぞ」だそうで。
わたしもよくお返しに、栗栖氏に氷まくらと冷たい飲み物をあてがっています。顔を真っ赤にして寝ているのを見ると、いてもたってもいられなくなるんですよね。危険すぎて、別の意味でよく眠れません。
本当、夜だけは涼しくなってほしいなあ。
9月になっても暑いなんて反則ですよ。ツクツクホウシが大合唱するのを楽しみにしているのですが、なかなかその日がやってきません。油蝉がまだ元気です。
そうそう。先日、蝉が落ちる瞬間を見ました。電柱から、ボトッと一直線に。それきり飛び上がらなかったのですが、あの蝉はどうなったのでしょう? 死んじゃったのかしら。蝉の地上での寿命は7日間だそうですから、最期の瞬間にわたしは立ち会ったのかもしれません。
でも、熱中症で気絶したのかな、とも思うんですよね。地上に落ちて、ちょっと涼しいからこのままでいようかな、なんて。涼んで、夕方になったら回復してまた飛んでったりして。
ないか。
どうなんでしょう、蝉の暑さの許容範囲ってどのくらいなんでしょうか。そもそも昆虫は気絶するのだろうか。
鳥も、暑いと落ちるんだそうですね。聞いた話ですけど。
で、落ちた鳥に水をかけたら、息を吹き返して飛んでいったそうです。
面白いですね。
うーん、暑くて言葉がまとまりません。
7月の掃除ネタも8月の連休ネタも、9月になるまで書けなかったし。
もう冷蔵庫に頭を突っ込むことばかり考えています。
早く涼しくならないかなあ。
掃除熱が冷めないまま8月に突入したため、お盆の連休は、掃除ばかりして過ごしました。
例年ですと、趣味のなにかの買い出しとか、東京下町散歩などに出かけたりと、そこそこアクティブな日があるのですが。
まあ今年は、わたしの体調のこともありますし、無理はできないかなと。
でもあれですね、“巣”がこぎれいになっていると、居心地がいいですね。
いままで平日の仕事に週末の遠出にと、家を出ることが多かったのは、なにもわたしが行動的ということではなく、単にゴチャゴチャの巣から逃げ出したかったからなのかもしれません。
掃除は快適でした。
なんの掃除をしたかというと、年末の大掃除の前倒しです(早い?)。窓拭き、家具の後ろや桟のほこり取り、照明の笠の掃除。
あたりまえですが寒くないので、思っていた以上に楽でした。特に水をつかう拭き掃除は、手がかじかみ息が白くなる12月ではなく、8月がおすすめです。濡れた跡は強い日差しですぐ乾くし、窓を全開にしても風邪をひく心配がありません。
換気扇をきれいにし、庭の草むしりをし。2人でちまちま仲良く掃除をしました。
連日インドアでさすがに飽きたので、休みの後半は、近所の映画館で映画を見たり、古本屋を回ってマンガを大人買いしたりしました。コンビニでハーゲンダッツの新作を見つけたり(ソルティバタービスケット、美味でした!)。
最終日は、飲み屋でまったりと日本酒で乾杯。
なかなかこぢんまりと幸せな連休でした。

(写真:足成)
6、7月は片づけに凝っていました。
自分の掃除嫌いを克服しようと、評判になっていた2冊――『ガラクタ捨てれば自分が見える―風水整理術入門』カレン・キングストン著(小学館文庫)、『3日で運がよくなる「そうじ力」』舛田光洋著(王様文庫)を読んでいたら、いきなりその気に。
「そうだ、掃除をしよう」
毎日ブツブツと、
「古いモノを捨てなければ、新しいものが入ってこない」
「汚い部屋は運気が悪い」
などと唱えながら、どんどん捨てていきました。
床が見えてくると、それまでまたいだり、よけて蛇行したりして障害物競走のようだった部屋も、居心地がよくなってきました。わお、まっすぐ歩ける! 体を曲げずに横になれる!
おもしろくなってきたので、実家まで足をのばしてゴミ袋10個分も処分したら、母にとても嫌がられました(笑)。
消費ブームの落とし子であるわたし。モノがあれば豊かな生活もできるし、幸せです。安心感があります。
が、ありすぎると今度は、家の中がごたごたと圧迫感がでてくる。なんだか息苦しくなってくるんですね。
家族が快適にすごすためにも、たまにモノを見直すのは大切だなと思いました。
さて、現在のわが家は、ほどほどの乱雑さを保っています。
いや、たしかに以前よりはきれいになりましたよ。
だって今日も、体をまっすぐ仰向け(あるいは腹ばい)にして、読書ができていますから。
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朝。
花に水をあげていたら。
じょうろの先の水が、
七色になっていた。
虹は、
地平線のはるか向こうにしか
ないと
思っていた。
大きく、
遠く、
手が届かないものだと。
ここにもある。
小さな虹が。
猫のひたいほどの裏庭におりたら、ブロック塀に、またトカゲが現れました。
日影から日向へ。日向へ出るとトカゲは止まり、そのまま日光浴でもするように動かなくなりました。
先日表にいたトカゲかしら? 裏に移動したのかな? それともここにはトカゲが何匹もいる?(ブルッ!)
足元にふと目をやると、ローズマリーに、キアゲハが逆さになっていました。
手をのばせば届くところです。美しい羽でした。顔を近づけても飛び立ちません。日がだいぶのぼってきてはいますが、まだ夢うつつなのでしょうか。枝に止まったままでした。
わたしはトカゲとキアゲハを交互に見ました。どちらもじっとしていました。
トカゲも蝶も、もう“しるし”ではないでしょう。
ただ庭に昆虫がいただけのこと。だって、ここにはバッタもアリもいる。
でも。
「……おばあちゃん?」
わたしは見えない空間に声をかけました。第六感も霊感もないけれど、それでも、そこに何もいないのは分かっていました。
「ありがとう。わたしは大丈夫だから。元気でね」
ただ、思いたかったのです。こじつけでもかまわないから。
――おばあちゃんが最後のあいさつに来た、と。
その日、用事があって実家に行きました。
勝手口にまわろうとすると、地面を、そこでもトカゲが走っていました。
家の外壁の、高いところには、セミのぬけがらがついていました。
よくあること。
実家でもトカゲは5年に1度は見かけるし、セミのぬけがらなんて、毎年見ている。
もちろん、勝手に想像をふくらませているのは分かっています。
それでもいい。私は信じたかった。
――おばあちゃんは、羽化したのだ――と。
体をぬぎすて、知人へのあいさつも終わり、次の世界へ行く準備ができましたよと。
もうそろそろ、本当にさよならですよと。
そう伝えに来たと。
空は梅雨も明け、ひたすらに青く、夏本番の暑さがやってきていました。
来週は、祖母の四十九日の法要です。
「うーん、暑いわ」
気温が高くなると、クッキーやチョコレートに食指が動かなくなる私です。
「こういう時は、冷たいものに限るねぇ」
そして、冷蔵庫にはゼリーやアイスがぎっしりストックされるようになります。
「でも、たまにはスコーンが食べたいな」
スコーンミックスの手軽さを知った栗栖氏は、母の日以来、たびたびリクエストしてくるようになりました。
「あれって作るの簡単だろ? きみの焼きたてのスコーンはおいしいんだよね」
キラキラとした瞳、全開の笑顔。
夫をうまく操縦するには笑顔とほめるに限る、と私は本で読みましたが、逆もまた真なりということを、栗栖氏もどこかで(あるいは本能で)会得しているようです。うーん、くやしい (笑)。
「暑いよ」
ちょっと抵抗してみます。
「食べたいな」
にこにこ。
「面倒くさいよ」
「手伝うから」
「……」
作りました。

今回は夏バージョン。
栗栖氏のアイデアで、中にはさむものをジャムではなく、アイスにしてみました。
スコーンを冷蔵庫で冷ましてから、二つに割り、アイスをはさみます。
在庫であったレディーボーデンのメープル味でやってみましたが、とてもおいしかったです。
スコーンの乾いたバターの香りと、アイスの冷たいなめらかさが、絶妙にマッチしていました。
「メープルアイスは、きっとスコーンに合うと思ったんだ」
アイデアマンはご満悦。横より縦のほうが長くなったスコーンアイスを、顎をはずしそうにしながら食べていました。
「夏にはこういうスコーンもいいわねぇ」
「な? いけるだろ?」
「うん」
私は冷えた歯を熱いコーヒーであたためながら、うなづきました。
お義父さんは、入れ歯でこれにかぶりつくのは難しいと判断したらしく、分解して味わっていました。
「ん、うまい」
入れるものや量を自由にアレンジできるのは、手作りのいいところですね。コストも安くすみますし、なにより想像したその通りにおいしいと、うれしいものです。
スコーンはまだ残っています。アイスも。
おうちスイーツ、しばらくみんなで楽しめそうです。
祖母のお葬式がすんだ3日目の、晴れた昼下がり。
トカゲを見ました。
アパートの窓の下、コンクリートのところに現れて、器用に縦に歩いていました。
「あら久しぶり」
うちではたまにトカゲを見ます。
よく見ようと近づくと、サッと流れて逃げていきました。
温かい日差しにさそわれたのでしょうか。
たまたま一緒だった母に、何気なく、
「トカゲを見たよ」
と言ったら、一瞬無言で、それからこう話しました……
祖母が亡くなった翌朝。
父が、ヘビを見たそうです。裏口のところで、小さな、30センチくらいのヘビを。
「ご母堂が来た」
そう、父は思ったそうです。
母は信じているのか信じていないのか、はっきりしない口調でした。
でもわたしの話を聞いて、ヘビの話をしてきたということは、何か感じるものがあったのでしょう。
そしてわたしも同意見でした。
「そのヘビ……。おばあちゃん、だね」
うなづきました。
「お世話になりました、って挨拶に来たのよ」
きっとそうだ。
ん?
「じゃあ、うちにいたトカゲも、もしかするとおばあちゃん!?」
えーっ。
なぜヘビじゃなくてトカゲ。
ヘビは普段はかわいくないですが、こういう時には亡くなった人の代わりとか、神様の使いをするイメージがします。
でもトカゲは……格段に神々しさが落ちる気がするんですけども。
うちの近所に手ごろなヘビがいなかったのかしら?
うーん。
その疑問を、夜、仕事から帰ってきた栗栖氏に話してみました。
「なんでトカゲだったんだと思う?」
わたしが聞くと、
「そうだなあ」
栗栖氏はふうんと考えてから、すました顔でこう答えました。
「うちは、きみの実家からはちょっと遠いから、 “足”がないと来れなかったのさ」
なるほど☆
=======
後日談:叔母もヘビを見たそうです。裏庭で、しっぽだけ。怖くなって叔母はすぐ離れたそうですが。
母方の祖母が亡くなりました。
連絡を受けて病院へかけつけましたが、間に合いませんでした。廊下の椅子に、わたしの両親と、世話をしていた叔母夫婦がひっそりと座っていました。
「お疲れ様でした」
叔母夫婦に、頭を下げました。
覚悟はしていたけど、まさか今日なんて――。悪い夢の中にいるような、どこかフワフワしたかんじでした。
でも両親たちのこの悲しみに沈んだ空気は、現実のものでした。
祖母は大正生まれでした。
夫を戦争で失い、小さい娘2人を抱えた祖母は、お針子や畑をやりながら生活をやりくりしました。早朝、浜に出て地引網を手伝い、魚をもらったりもしたそうです。
パワフルな人でした。声も体も大きく(幼かったわたしにとって)、気持ちが大らかな人でした。
――昔のことを思い出します。
子供の頃、よく遊びに行ったっけ。実家に近かった祖母の家は、わたしと年の近い従兄妹がいるせいもあり、かっこうの遊び場でした。
裏の畑で、つば広の麦藁帽子をかぶって、腰をかがめてクワをふるっている祖母の姿をおぼえています。首には手ぬぐいを巻き、顔からは大粒の汗がふき出ていました。
よくみんなで野菜を採るのを手伝い、井戸で洗ったものです。祖母の野菜はどれも、あおあおとした大地の匂いがしました。
祖母はまた、お惣菜をたくさん作って、我が家におすそわけをしてくれたりもしました。
電話がくると、母は「夕飯の準備をしちゃったわ」と困りながらも、いそいそと途中の道まで受け取りに行きました。
私もよく行かされました。自転車をよっこらしょよっこらしょとこいでいる彼女の姿は、遠くからでもすぐ分かりました。
風呂敷に包まれたそれらは野菜の煮しめだったり、ちらし寿司だったり。
今では誰も作れなくなっている“おばあちゃんの味”です。
祖母はいつも元気で、病気らしい病気はしたことはありませんでした。畑仕事からくる腰痛で、たまに近所の針に通っていたくらいでした。
ある日突然、祖母は倒れました。
そのまま意識は戻りませんでした。それから約10年間、祖母はずっと寝たきりになったのです――。
――わたしは病室に入りました。両親や叔母夫婦も続きました。
約10年の歳月は、真っ黒に日焼けしていた丸い祖母を、白く、細くさせていました。
そっと額に触れるとまだ温かく、眠っているかのようでした。
おばあちゃん、おばあちゃん……。
こみあがる思いは言葉にならず、ただ涙となってわたしの目からあふれ出ました。
病室は静かでした。
カーテン越しに、隣のベッドの人の寝息が聞こえていました。
祖母はどこかでわたしたちを見ているのだろうか、と思いました。
祖父はちゃんと祖母を迎えに来ただろうか、とも。
そうだといいな。本当にそうだといい。
わたしはゆっくりと合掌をしました。
長い間、お疲れ様でした。
ありがとうございました。
またいつか、お会いましょう。







