あしたのトモヒロウ

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 父、義鑑と入田親誠の共謀により、部下を失った義鎮。

これに憤慨した義鎮が行った行動がある。

反乱であった。

しかし、義鎮の勢力は少数。義鑑の勢力に勝つ見込みは少なかった。

そこで行う行動は一つ。

電撃戦である。

少数の精鋭で切り込み、各部隊に司令を与えた。

一つ、塩市丸とその母の討伐。

一つ、父、義鑑の討伐。

一つ、自分の母の身柄の確保。

これらが速やかに行われたと思われる。

 

まず、塩市丸とその母の討伐。

壮絶な戦いとなった。

二人を護る兵は屈強で、この戦いで津久見美作、田口鑑親の2将が討ち死に。

どうにかして目標は達せられたが、将を討ち取られた時点で損害は甚大であった。

 

そして、自分の母の身柄の確保。

彼女は大内の娘であった。

それでも生かされていたのは、義鎮の力もあったのであろう。

とにかく、彼女は助けられた。

 

最後に、父、義鑑との対決を残す。

「父上、何故だ。何故我が部下を討った!」

「ふん。・・・のう?義鎮。大内に大しての最大の復讐とは何だと思う?」

「今更、何を!」

「大内の息子であるお前が、大内を伸す。・・・それこそとても滑稽であろう?」

「!!!!」

「お前は力をつけた。塩市丸、あやつでは駄目なんじゃ。お前でなければ、豊後の悲願が成し遂げられぬ!」

「なんで・・・なんでだよ!俺はただ、昔みたいに父上と蹴鞠がしたかった。ただそれだけなのに!」

「これが乱世よ。・・・さあ討て。討ってのし上がれ。・・・お前がここの天辺だ。」

「父上・・・!うああああああああ!」

「ぐふっ!・・・これでよい。儂が、この城の怨嗟を、連れて行く・・・・!」

義鑑享年48歳。この対決の2日後のことであった。

反乱軍は勝利をおさめ、塩市丸派は一掃されることとなる。

 

一方。

「はぁっ、はぁっ。バカな。私は上手く立ち回った。・・・なのに!なんでこうなるんだ!」

入田は阿蘇へ逃走。

遠く肥後までその身を隠そうとした。

が、しかし。

「くどい。貴様のような挟の腐ったものなど、肥後に入れるわけにはいかぬ。」

「そんな・・・!」

「討て。」

雑兵が入田の向かって群れる。

刀が、槍が、その体に放たれる。

・・・かくして、悪辣は討たれた。

 

一方、義鑑が死ぬまでの2日間。

彼は領国経営の文を遺している。

それが何のためであったのか。

今は知る人はだれも居ない。