むぎめんplus〔  〕×福岡女学院 金沢ゼミ -9ページ目

むぎめんplus〔  〕×福岡女学院 金沢ゼミ

「麺」をテーマにした小説・エッセイ集

by:mahina

 

 

本文 

 

十二月の夜。外は凍えるように寒かった。イルミネーションが街中を照らし、暗い夜空を華やかにしてくれる。周りはカップルや家族連れで溢れかえっていて、私はというと、その間をすり抜けながらコンビニへと向かっていた。

二十二歳で上京してから、十年ほど働き続けている。新居を決めたとき、私は自炊をすると決意していた。しかし、現実はそう甘くなかった。社会の忙しさに追われて、自分に使える時間なんてなかった。食事はほぼコンビニで済ませている。日本にはそこら中にコンビニがあるし、どこでも同じクオリティを得られる。値段はかさむが、利便性を考えるとやめられない。

コンビニに着いて、今日食べるものをなんとなく選んでいた時、ふと、カレーうどんが目についた。カレーうどん。それは私の父がよく、日曜の昼に作ってくれていた食べ物だった。ノスタルジーに浸りながら、そのカレーうどんを眺めていた時、隣から来た男性にカレーうどんを取られてしまった。あいにく最後の一つで、私はカレーうどんを食べることが出来なかった。仕方なく、いつものサンドウィッチとサラダチキンを買ってコンビニを出た。

しばらく歩いた。家の近くまで来たとき、立ち止まってしまった。複雑な気持ちが悶々として、私の中で渦巻いていた。そして気づいた。カレーうどんを作ってみたい。その気持ちが、私を支配していた。今まで、自炊なんてしてこなかったし、こんな気持ちになったのは初めてだった。それでも、その場に居ても立っても居られなくなり、気づけば家の方向とは逆にある、スーパーに向かっていた。

 

父のカレーうどんは、それなりに本格的で、ルーもレトルトではなく、きちんと作っていたし、出汁も昆布から取っていた。カレーの具は、母のものとは違い、とても少ない。玉ねぎと牛肉だけ。そして甘かった。小さいころ、私と弟は父がカレーうどんを作ってくれるのが楽しみだった。父は多忙な人で、日曜日しか家にいないような人だった。それでも毎週日曜日にはカレーうどんを作ってくれていた。そのカレーうどんを食べながら、家族で他愛もない話をして、ゲラゲラ笑う。学校であったことや、相談もその時にした。その時間がいつも楽しみだった。

 

いつも惣菜コーナーにしか寄らないスーパーに入る。玉ねぎと、牛肉、昆布とうどんの玉を買った。このスーパーがこんなに広かったとは知らなかった。初めて気づいた自分が何だか情けなく思えたが、気持ちを切り替えてレジに行き、買い物を済ませた。いつもよりずっしりと重い買い物バッグだったが、足取りは軽かった。

 

家に着いたのは八時半。今から作ったら一体何時になるかわからなかったが、そんなことは気にならなかった。入居してからほとんど使ってこなかった、新品同様のコンロの前に立つ。 

まずは昆布出汁の取り方を検索した。「1,固く絞った濡れ雑巾で、昆布の表面の汚れを取り…」。 昆布出汁を取ることがここまで面倒とは。いつもの自分ならここでやめていただろうが、手を止めずに出汁を取った。部屋中に出汁の香りが漂い、温かい空気に包まれた。私のさびしい部屋が明るくなった気がする。出汁を取りながら、玉ねぎを切る作業に取り掛かる。危なっかしい手つきで玉ねぎを切っていく。母の「猫の手!」という声が今にも聞こえてきそうだ。不格好で、太さもバラバラな玉ねぎが出来上がった。牛肉も適当に切って、鍋に入れ、なんとかルーも完成させた。疲労感はあるものの、楽しい!

うどんをゆでて、出汁を器に入れ、うどんをその中に盛る。最後にルーを多めにかけて完成。ここまでの所要時間、一時間半。やっとありついたカレーうどんは、父の見た目とは少し違うものの、香りは父のカレーうどんそのものだった。さっそく、スープを飲んでみる。甘めのカレーと優しい昆布出汁がうどん全体をまろやかにしてくれている。うどんも柔らかめで、スープとよく絡む。

無我夢中で食べていた。全身に血が巡り、体がポカポカしていた。それだけではなく、心までも温かくなっていた。今まで、コンビニのご飯を食べていた時とはまるで違う。確かに、レンジで温めるから食べ物自体はあったかいが、血が巡り、心まで温まったことはなかった。自分でご飯を作ると、確かに時間はかかる。だが、かけた手間が自分に巡り巡って返ってくることを実感した。料理を自分でしただけだが、今まで自分自身を、いかに大切にしてこなかったかを感じた。自分のことは後回しになって、仕事人間になっていたのではないだろうか。今までの人生の自問自答を繰り返していた。

 

食べ終えてしばらく、私は空になった器を見ていた。上京して以来、家族とはあまり話さなくなり、ここ最近は実家にも帰っていなかった。正確に言うと、私は家と会社以外にどこかへ行くことが億劫になっていた。カレーうどんを私が欲したのも、家族に会いたいという気持ちからだろうか。それとも自分が自分に出したSOSだったのかもしれない。

 

 

 

今日から外に出よう。自分をもっと大切にしていこう。毎日、少しずつでも何か作ってみよう。自分の体を自分自身が大切にしてあげないといけない。それから、家族にも会いに行こう。新幹線のチケットを予約して、私は窓の外を覗いた。すっかり日が昇り、明るくなっていた。空になった器を洗い、着替えて外に出た。十二月の空は澄んでいて、空気も綺麗だった。​​​​​

 

作者の言葉 

 

私は実家暮らしだ。だから毎日母が作った愛情たっぷりの食事を食べている。それに、時々父も料理をしてくれた。

 

私は家族で食べるご飯が大好きだ。作り手の愛が、体へと、心へと伝わり、和気あいあいと食卓を囲むあの瞬間が。

一人暮らしをしている友人が、一人で食べるご飯は美味しくないと言っていた。

家族で食べるご飯が美味しいと。

それは、そこに‘’愛情‘’があるからだと思う。ご飯に愛情が詰まっており、それが体と心を満たしてくれるからこそ、心から美味しい、楽しいと思えるのではないか。もちろん、一人で食べるご飯が美味しいとも思えるし、実際私でも気兼ねなく食べるご飯の良さも知っている。しかし、忙しい現実や、一人でいると寂しく、心もとない感覚に陥ることも多くあると思う。

 

そこで私はこのエッセイを書いた。

 

ご飯が与えてくれるものはただの栄養ではない。家族、友人、恋人の‘’愛情‘’である。そのことを思い出してほしい。

あなたは一人ではない。どこかであなたを愛してくれている人が必ずいる。一人で苦しい時もあるけれど、一度深呼吸して、愛する人とご飯を食べてほしいのです。