むぎめんplus〔  〕×福岡女学院 金沢ゼミ -7ページ目

むぎめんplus〔  〕×福岡女学院 金沢ゼミ

「麺」をテーマにした小説・エッセイ集

by:うみ

 

 

本文 

 

12月29日、私はいつもより胸を高鳴らせながらバスに乗った。実家へ帰るのだ。

今年、一年ぶりに家族と年末年始を過ごす。去年はコロナウイルスの影響もあり帰るのをやめ、アルバイトをして年を越した。家族と初めて離れて過ごす年末年始だった。今年は一年ぶりに家族と過ごせると考えると、なんだかそわそわして落ち着かない。満員状態のバスなど苦ではないほど、この帰省に胸を膨らませていた。

 

私の家では年末、祖父母の家に叔父一家と一緒に集まって、餅つきをした後ラーメンを食べる習慣がある。12月30日。この日は私にとって、苦手な早起きだってなんてことないほど楽しみな日なのだ。

祖父母の家に向かう頃にはちょうど日も照りだし、道に生えている草木たちも暖かそうに日の光を浴びている。そういえば、この日はだいたい天気が良い気がする。私の気持ちを表してくれているのかな、なんて勝手に想像したりして、歩いて祖父母の家へと向かう。

 

私たちは餅つき粉がついても良いようにラフな格好で集まり、てきぱきと餅つきの準備を始める。祖母と母がもち米を餅つき機に入れ、出来上がるまで待つ。餅が出来上がったら、まず父が小さくちぎり、それを叔父と私といとこで丸める。たまにつまみ食いをしながら。餅の丸め方には性格が出る。叔父はパパっときれいに丸める。私は多少形が悪くとも気にせず丸める。いとこは一つのものに時間をかけ納得のいくまで丸める。そんな私たちに父は、

「熱い!熱い!いいから早く丸めて!」

と言う。そんな光景も見るのも久しぶりになる。

 

餅つきがひと段落して、

「ラーメン、並にする?大にする?」

ときかれる。その言葉に返事をするかのようにお腹が鳴る。ふと目を向けた窓から差し込む日の長さが、今お昼だと知らせてくれる。

地元にあるラーメン屋さん。私たちは毎年そこのラーメンを食べる。私が幼い頃は食べきれず、残りを父に食べてもらっていたくせに、チャーシューだけは食べたくて、父のチャーシューをもらって食べていたなあなんて思い出し、ふっと笑みがこぼれる。普段父にきつい態度をとってしまいがちだった私も、その時は素直に父と話せていたような気がする。いつもはあまりラーメンを食べない母も、その時だけは一緒に食べていた。

 

冬の寒さの中にある日の暖かさ。窓から差し込む日の光。私の帰りを待ち、「お帰り。」と優しく声をかけてくれる祖父母の温かさ。お餅のにおい。ラーメンのにおい。思い出すすべてのことが、私にとってかけがえのない時間だったことにやっと気づいた。

 

二年前、初めて親元を離れ一人暮らしを始めた。ただでさえ不安だったのに、コロナウイルスが蔓延し、当たり前が当たり前でなくなった。当たり前のようにみんなで集まっていた年末年始が無くなって初めて、あの時間が、あの空間が、私にとってどれほど大切で幸せなものだったかを知った。年に一回、年末に両親や祖父母、親戚と集まって食べるラーメンがいつも変わらずおいしかったのは、毎年みんなが何事もなく元気に揃っているからこそなんだとようやく気付いた。初めてみんなと一緒に過ごさなかったことで、今まで見えていなかった大切なことが見えたのだった。

 

私にとってこの一年はどんな一年だっただろうか。みんなでラーメンを食べるとき、この一年あった出来事の何から話そうかなんて考えているうちに、バスが止まった。実家の最寄りのバス停に到着!バスを降り両親の元へ向かった。今年はちゃんと家族みんなに、当たり前のようにある日常に、感謝の気持ちを伝えようと心に決めて。

 

 

作者のことば
 

 

コロナウイルスが蔓延し始め、もう二年になります。そんな中、皆さんはどうお過ごしでしょうか。一人暮らししている方は帰省することも難しく、家族と過ごす時間もいままでのようにはいかなくなったのではないでしょうか。私は去年初めて一人で年末を過ごしました。帰省できず、私と同じように過ごされた方もいらっしゃると思います。そんな方にとって、家族との温かいひと時を思い出せる、家族と過ごす時間を大切にするきっかけになる、そんなエッセイになればいいなと思います。