むぎめんplus〔  〕×福岡女学院 金沢ゼミ -5ページ目

むぎめんplus〔  〕×福岡女学院 金沢ゼミ

「麺」をテーマにした小説・エッセイ集

by:白米様

 

 

本文 

 

 私は蕎麦が苦手だ。

 麵の会社のホームページに掲載していただくエッセイだと言うのに、なんとも失礼な書き出しであるが、この事実は、二十歳を迎えた今の私を語る上で重要なことなのだ。

正直、なぜ苦手なのかはわからない。というか、苦手といっても、好き好んで食べようとはしない程度の苦手具合である。苦手な理由として一つ考えられるのは、蕎麦がうどんと常に比べられる位置にいるからなのかもしれない。蕎麦屋に行くと、必ずうどんのメニューもある。それなら、うどん好きの私がうどんを選ぶのは当然だ。とにかく、蕎麦を食べる機会が少なかったことが原因の一つであるのは間違いない。ただ、蕎麦を選ばない理由はあっても、嫌う理由は特にない。でもなんとなく苦手なのだ。

 

そんな蕎麦を避けた生活を送る私でも、年に一回は必ず蕎麦と対面しなければならない。そう、年末だ。いったい誰が「年越しそば」なんて食べ始めたのだろうか。一年の締めくくりに、どうして苦手な蕎麦を食べなければいけないのか。

ある年の大晦日、私は母に抗議した。ちょうど二回目の反抗期を迎えた頃だった。今までは普通に食べていたから、母は私がそこまで蕎麦を嫌がっていたとは思わなかったのだろう。母は少し驚きつつも、私の必死の訴えに笑っていた。母はきっと、とにかく何に対しても文句を言いたくなるという反抗期特有の典型的なそれだと見抜いていたのだと思う。その翌年から、私だけ「年越しうどん」になった。

 

大学生になり、一人暮らしを始めてから、苦手なものとは一切かかわらない生活になった。そんな私に転機が訪れたのは、二十歳を迎えて数日が経った頃だった。

アルバイト先の先輩が飲み物をご馳走してくれると言ったので、私は「無糖の紅茶」をお願いした。ところが、勘違いをしたようで「無糖の珈琲」を買ってきた。実は私、珈琲が飲めない。ブラックはおろか、カフェオレがギリギリだ。しかし、折角ご馳走してもらったからには飲むしかない。平然とした顔で、ゴクッ、と一口飲んだ。『あれ、美味しい…』。自分の舌を疑った。もう一口飲んでみる。やはり美味しい。『なんだ、私って珈琲飲めるのか!』と自分の新たな一面に気づき、なんだか誇らしい気持ちになった。私が大人になったことを初めて実感した瞬間だった。その体験があまりにも嬉しかった私は、大人になった今なら何でも出来る気がした。

 

そこで私は、蕎麦と自ら対面した。年末でもないのに。アルバイト先のメニューには、締めのざるそばが存在するので、料理長に賄いで出してもらった。いざ食べてみると、普通に美味しかった。いや、かなり美味しかった。正直、うちのお店のざるそばはお客さんからの評判が良かったから、少し期待していた部分はあったが、それでも、自分で蕎麦の美味しさに気付けたことが嬉しかった。馬鹿らしいかもしれないが、やっと真の大人になれた気がした。

 

成人式のために実家に帰省した昨年末、私は数年ぶりに年越しそばを食べることにした。ちなみに我が家の年越しそばは、鶏と椎茸の出汁が効いた「かけそば」だ。ここ数年は、ずっと年越しうどんだったから、家族と同じ年越しそばを食べられることがとても嬉しかった。そして、私は誇らしげに蕎麦を一口すすった・・・。

 

『あれ、違う。美味しくはない…』。

 

アルバイト先でざるそばを食べた時とは明らかに違った。なぜだ。あの時の感動はどこへいったのか。その答えはすぐに出た。私は、「かけそば」が苦手だったのだ。温かい汁に浸かって少し柔らかくなった蕎麦が苦手なのだった。

 

珈琲やざるそばは偶然だった。でも二十歳になって、早速二つの苦手を克服できたのだから十分ではないだろうか。大人になっても成長は続く。少しずつ、自分の理想とする大人へと近づいて行けばいい。一歩ずつ、大人の階段を上っていこう。

とりあえず、今年の年越しは「ざるそば」で。

 

 

作者の言葉 

 

 あなたが大人になったことを実感したのは、どんな時でしたか?

このエッセイは、二十歳を迎えた私が、ある体験を通して、大人になったことを初めて実感した時のお話です。ある人にとっては、日常の一部に過ぎない小さな出来事かもしれませんが、私にとってこの体験は大人への大きな第一歩でした。

ひょんなことから始まった私の大人への挑戦を、ぜひご覧ください。