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むぎめんplus〔  〕×福岡女学院 金沢ゼミ

「麺」をテーマにした小説・エッセイ集

by:おら

 

 

本文 

 

「私は家族が嫌いだ」。

そう思って過ごしていた頃のことをお話しします。

私には5歳離れた兄が一人、1歳年下の妹が一人います。母曰く、このきょうだいの中で一番反抗期がひどかったのが私だそうです。私自身にも、とても頻繁に母と喧嘩したという記憶があります。

私が子どもの頃、父は単身赴任をしていて、家では主に母が家事をしてくれていました。自営業を営んでいる母は、私が物心ついた時には仕事に復帰し、仕事と、育児を両立していました。そんな忙しい母は幼稚園の迎えに来ることができず、代わりに祖母が来てくれることもありました。

祖母は、母が料理をする時間がない時には、そうめんを作って一緒に食べてくれていました。毎年夏になると私たちきょうだいのために作ってくれていたそうめんが、私にとっては祖母の味でした。そんなふうに母の手助けをしてくれていた祖母が私は大好きでした。また祖母の家が近かったので、毎日夜になると祖母の家に行き、祖母の隣で寝るのが私の日課でした。家族の中で、私が一番のおばあちゃん子だったのです。

 

しかし私は大きくなるにつれ、忙しいにもかかわらず一生懸命育ててくれた母と祖母に対し、強くあたる日が多くなっていきました。

中学生になった頃には、母や祖母との会話も少なくなり、なぜか毎日イライラしていて、何をやるにも嫌な態度を取りながら行動していました。そんな私に対して怒ってくる母と祖母に、私はまた反抗を繰り返して喧嘩ばかりしていました。

 

そんなある日のことです。私は学校から家に帰り、忙しい母がよく作ってくれたあの大好きな焼きそばを食べていました。そのとき母は、ただうなずくばかりで、会話をまともにしようとせず、きちんと話そうとしない私の態度が許せなくて怒ってきたのです。

母が怒ってきたことに対して、私は一転してふてぶてしい態度をとってしまいました。

私は腹が立ち、大好物の焼きそばを食べるのをやめ、母に対して言ったのです。

 

「私は将来ママみたいな人になりたくない!」

 

その時です。私たちを一生懸命育ててくれた強い母が、泣いたのです。

 

今まで芯の通った強い母だと思っていたけれど、泣いている姿をみて一人の女性だったことに気がつきました。それまで私のことを思って叱ってくれた母の気持ちを知らずに、私は母を傷つける言葉を数多く発していたのです。それでも母は、いつも自分のことを後回しにし、私のことを第一に考えて育ててくれていました。

私が大人になって子どもができたとしても母のように立派な「お母さん」をすることはきっとできないのに、私は感謝の言葉すら述べずに、反抗的な態度ばかりとっていました。

 

「私は将来ママみたいな人になりたくない!」

 

そんな私の言葉を聞いて、母はついにポキっと心が折れたように泣き崩れたのでした。

 

「なんてひどい言葉を発してしまったんだろう」

 

言った後にはもう遅く、母を傷つけていました。その時は謝ることすら恥ずかしくて、何も言うことができませんでした。

 

母が作ってくれた焼きそばを最後まで食べないまま、私はどうしていいか分からず、泣きながら家を飛び出し、自然と祖母の家に向かっていました。そして祖母の前で、自分が何をしたのかを一通り話したのです。泣いて反省する私に、祖母は決して怒ることなく、ずっと寄り添ってくれていました。

今までたくさん反抗的な態度を取ってきたのに、こんなに優しく接してくれる。

私の心の中に、祖母に対しての申し訳ない気持ちも込み上げてきました。

私にとって母も祖母も素敵な女性であり、私のかけがえのない家族です。そのかけがえのない家族である母を、私は自分の感情的な一言で傷つけてしまったのです。

 

時は流れて、今、私は大学生になっています。ずっと私のことを第一に考えてくれていた家族に対して、ひどい態度をとってしまったあの頃のことを、とても後悔しています。

それだけではありません。今、私は家族と離れて暮らしているのですが、気づいたことがあるのです。

それは、母の味の焼きそばや祖母の味のそうめんが食べられないこと。実際に自分で作ってみても同じ味にはなりませんでした。

今まで当たり前に食べていた、母の焼きそばと祖母のそうめん。記憶の中では苦い味ですが、それでも私にとっては、かけがえのないものでした。ごく当たり前の存在が当たり前ではないと気づいた時には、もう遅いのかもしれません。

 

今ある状況を大切にし、日々感謝しなければならない。

 

今の私はそう感じています。

 

さて、最後に。

皆さんはご自身の家族のこと、好きですか?

好きな人もいれば、以前の私と同じように好きになれないと思っている人もいるかと思います。今、ご家族に対して嫌な想いをしている人は、これから先、少し成長したときに振り返ってみると、家族のありがたみが分かる日が来るかもしれません。その時はぜひ、感謝の気持ちを伝えてみてほしいと思います。

「私は家族が嫌いだ」と思っていたあの頃。今では家族が大好きです。

 

 

 

作者のことば
 

 

今まで一生懸命育ててくれた家族を私は嫌いだと思う時期がありました。しかし、今実家を離れて暮らしてみて、母の強さというものを実感しています。

今では母と祖母は、私にとってロールモデルです。そんな母に最近、「大学のゼミ活動を通して、少し成長したんじゃない?」と言われた時は嬉しかったです。母にもっと認めてもらえるような素敵な女性になりたいと思いました。そして、素敵な女性となって、いつだって味方でいてくれた家族に感謝の気持ちを伝えたいと思っています。

私には母と祖母の思い出の味があります。母が作ってくれた焼きそばは、とても味が濃く、食材がとても豊富でした。今でも焼きそばを食べると母と喧嘩した日のことを思い出します。また祖母が作ってくれたそうめんは、きゅうりとトマトをトッピングしたもので、つゆは祖母独自の手作りでした。二人が作ってくれた料理には思い出もたくさん詰まっています。

その味を教わり、次の世代へと受け継いでいきたいとも考えています。そして、笑顔溢れる食卓になるよう、また家族みんなで円になって一緒に食べたいと願っています。

私のエッセイを読み、皆さんにとっても身近にいる人のことを振り返られる機会になればと思い、書かせていただきました。読んでいただけると嬉しく思います。